軟骨部(鼻中隔の)Cartilaginous part of nasal septum

J0679 (咽頭の上端:下方からの図)

J0682 (右側の耳管軟骨部:側面、わずかに下後方からの図)
鼻中隔の軟骨部は、鼻中隔の前方に位置し、主に鼻中隔軟骨(軟骨鼻中隔、septal cartilage)によって構成される柔軟な部分です。解剖学的には、この軟骨部は四角軟骨(cartilago quadrangularis)とも呼ばれ、鼻中隔の支持構造として機能します(Drake et al., 2019; Standring, 2021)。軟骨部の厚さは約2-3mmで、前方部は後方部よりもやや厚くなっています(Moore et al., 2018)。
解剖学的構造
鼻中隔軟骨は不規則な四角形をしており、複数の骨構造と境界を形成しています。後上方では篩骨垂直板(perpendicular plate of ethmoid bone)と連結し、後下方では鋤骨(vomer)と接合します(Standring, 2021)。下方では上顎骨(maxilla)と口蓋骨(palatine bone)の鼻稜(nasal crest)と接合し、前方では外鼻軟骨(軟骨性外鼻、cartilaginous external nose)、特に大鼻翼軟骨(greater alar cartilage)および側鼻軟骨(lateral nasal cartilage)と連続性を持ちます(Drake et al., 2019)。
組織学的には、硝子軟骨(hyaline cartilage)で構成されており、軟骨細胞が豊富な細胞外基質内に分布しています。この構造により、弾力性と強度を兼ね備え、外傷に対する緩衝作用を有します(Kierszenbaum and Tres, 2020)。軟骨膜(perichondrium)が軟骨を覆い、血管供給と栄養供給を担っています。鼻中隔の血液供給は主に前篩骨動脈(anterior ethmoidal artery)、蝶口蓋動脈(sphenopalatine artery)、大口蓋動脈(greater palatine artery)、上唇動脈(superior labial artery)の枝から行われます(Moore et al., 2018; Netter, 2019)。
臨床的意義
臨床的には、以下の病態との関連が重要です:
- 鼻中隔彎曲症(nasal septal deviation):軟骨部の形態異常により、一側または両側の気道閉塞、慢性鼻炎、副鼻腔炎、睡眠時無呼吸症候群などの呼吸器症状を引き起こすことがあります。有病率は成人の約80%に達するとされ、そのうち約20-25%が臨床的に有意な症状を呈します(Flint et al., 2020; Bailey et al., 2022)。治療には鼻中隔矯正術(septoplasty)が行われ、彎曲した軟骨部の切除または再配置が実施されます(Cummings et al., 2021)。
- 鼻中隔穿孔(septal perforation):外傷、鼻中隔手術の合併症、感染症(特に梅毒や結核)、自己免疫疾患(ウェゲナー肉芽腫症など)、薬物乱用(特にコカイン)などにより軟骨部に穿孔が生じることがあります。症状として鼻出血、笛声(whistling sound)、鼻痂形成、呼吸困難などが現れます(Kridel and Delaney, 2020; Sarnat and Laskin, 2023)。穿孔の大きさや位置により、保存的管理または外科的閉鎖術が選択されます(Flint et al., 2020)。
- 鼻形成術(rhinoplasty):美容的または機能的理由で行われる鼻の形成手術では、軟骨部の操作が重要な要素となります。軟骨の切除、再配置、移植(autologous cartilage graft)などの技術が用いられ、鼻の形態と機能の改善が図られます(Rohrich et al., 2018; Gunter et al., 2021)。特に、鼻尖形成や鼻背の調整において、鼻中隔軟骨は自家移植材料として頻繁に使用されます(Daniel and Palhazi, 2020)。
- キーゼルバッハ部位(Kiesselbach's plexus、Little's area):鼻中隔前下部の軟骨部付近に位置する血管叢で、前篩骨動脈、蝶口蓋動脈、大口蓋動脈、上唇動脈の枝が吻合する部位です。鼻出血(epistaxis)の約90%がこの部位から発生し、特に小児と若年成人に多く見られます(Cummings et al., 2021; Bailey et al., 2022)。乾燥、外傷、鼻腔内操作、高血圧などが誘因となります(Netter, 2019)。
- 鼻中隔血腫(septal hematoma):外傷により軟骨膜下に血液が貯留する病態で、迅速な診断と排液が必要です。放置すると軟骨の血行障害により軟骨壊死が生じ、鞍鼻変形の原因となります(Flint et al., 2020)。
発生学
発生学的には、鼻中隔軟骨は神経堤細胞(neural crest cells)に由来する間葉系細胞から形成されます(Sadler, 2022; Schoenwolf et al., 2021)。胎生6-8週頃に、正中鼻隆起(medial nasal prominence)が融合して一次口蓋と鼻中隔の原基が形成され、その後軟骨化が進行します(Moore et al., 2020)。胎生9-12週にかけて、鼻中隔軟骨は篩骨軟骨嚢(ethmoidal cartilage capsule)の一部として発達し、後に篩骨垂直板と鋤骨が骨化により形成されます(Larsen, 2019)。
先天性奇形として、鼻中隔軟骨の発育不全や形成異常が起こると、鞍鼻(saddle nose deformity)、鼻中隔彎曲、外鼻変形などが生じることがあります(Sadler, 2022)。また、口蓋裂や唇裂などの顔面裂奇形に伴って鼻中隔の形態異常が見られることもあります(Schoenwolf et al., 2021)。
参考文献
- Bailey, B.J., Johnson, J.T. and Newlands, S.D. (2022) Head & Neck Surgery—Otolaryngology. 6th ed. Philadelphia: Lippincott Williams & Wilkins. → 耳鼻咽喉科・頭頸部外科の包括的教科書で、鼻中隔の解剖と臨床的病態について詳述
- Cummings, C.W., Flint, P.W., Haughey, B.H., et al. (2021) Otolaryngology: Head & Neck Surgery. 7th ed. Philadelphia: Elsevier. → 耳鼻咽喉科の標準的教科書で、鼻中隔疾患の診断と治療について網羅的に解説
- Daniel, R.K. and Palhazi, P. (2020) 'Rhinoplasty: An anatomical and clinical atlas', Aesthetic Surgery Journal, 40(Supplement_1), pp. S1-S68. → 鼻形成術における解剖学的アプローチと軟骨移植技術を詳述したアトラス