鼻腔 Cavitas nasi
鼻腔(びこう)は、呼吸器系の最上部に位置する複雑な空間であり、解剖学的および臨床的に重要な構造です (Moore et al., 2018)。
解剖学的特徴
- 内壁は線毛円柱上皮を主体とする呼吸上皮(鼻粘膜)で覆われ、豊富な粘液腺と血管網を含む (Gray and Lewis, 2020)
- 矢状面に位置する鼻中隔(septum nasi)によって左右に二分され、鼻中隔は前方では軟骨性、後方では骨性構造(鋤骨と篩骨垂直板)からなる (Standring, 2021)
- 前方の外界との開口部は外鼻孔(nares)、後方は後鼻孔(choanae)を通じて咽頭鼻部に連続する (Netter, 2019)
- 解剖学的に鼻前庭(vestibulum nasi)と固有鼻腔(cavitas nasi propria)に区分される (Rohen et al., 2021)
- 外側壁には上・中・下鼻甲介(conchae nasales superior, media et inferior)が突出し、それぞれの下方に上・中・下鼻道(meatus nasi superior, medius et inferior)を形成する (Moore et al., 2018)
- 鼻腔周囲には副鼻腔(sinus paranasales)が存在し、特定の鼻道を介して鼻腔と交通している (Standring, 2021)
- 上顎洞(中鼻道)
- 前頭洞(中鼻道)
- 篩骨洞(上・中鼻道)
- 蝶形骨洞(蝶篩陥凹)
- 鼻腔天蓋部(上鼻甲介上方)には嗅粘膜(嗅上皮)が存在し、嗅神経(第I脳神経)の末端を含む (Gray and Lewis, 2020)
生理的機能
- 呼吸気流の通路として機能し、気道の最初の関門となる (West and Luks, 2021)
- 吸入された空気を加温・加湿・濾過する (Boron and Boulpaep, 2017)
- 鼻粘膜の豊富な血管網が空気を体温近くまで加温
- 分泌された粘液により空気を加湿(相対湿度80〜90%まで)
- 線毛運動と粘液層による吸入粒子の捕捉と排除(粘液線毛輸送機構)
- 嗅覚を司る(嗅上皮に存在する嗅細胞が嗅覚受容器として機能) (Kandel et al., 2021)
- 音声共鳴腔として発声に関与する (Seikel et al., 2020)
- 鼻涙管を介して涙液の排出路となる (Netter, 2019)
臨床的意義
- 鼻出血(epistaxis):キーゼルバッハ部位(鼻中隔前下部)は血管が豊富で出血しやすい (Schlosser, 2018)
- 鼻閉:アレルギー性鼻炎、鼻茸、鼻中隔湾曲症などで生じる (Fokkens et al., 2020)
- 副鼻腔炎:副鼻腔開口部の閉塞により発症し、慢性化すると難治性となる (Orlandi et al., 2021)