膵臓 Pancreas

1. 解剖学的位置と構造

膵臓は上腹部と左下肋部に位置し、第1および第2腰椎の高さに横たわる後腹膜臓器です (Gray and Standring, 2021)。成人では長さが14~18cm、幅2.5cm、厚さ1.5~3.5cm、重さが65~100gの細長い三角稜柱形を呈します。膵頭部は十二指腸のC字形弯曲部に囲まれ、その下方左側には上腸間膜動静脈の後方へ伸びる鈎状突起(uncinate process)があります。総胆管は膵頭部を貫通して十二指腸乳頭に開口するため、膵頭部腫瘍による閉塞性黄疸の原因となりうる重要な解剖学的特徴です (Moore et al., 2018)。

2. 膵臓の区分

膵臓は解剖学的に頭部(caput)、頸部(collum)、体部(corpus)、尾部(cauda)に分けられます (Netter, 2019)。体部は左側へ徐々に細くなりながら下大静脈および腹大動脈の上を覆い、脾臓に向かって伸びます。尾部は脾門に接し、脾動静脈と並走します。前面は腹膜に覆われていますが、後面は腹膜に覆われておらず、後腹壁に直接接しています(腹膜後器官)。この解剖学的位置関係から、膵炎や膵癌が後腹膜腔へ容易に浸潤することが臨床的に重要です (Skandalakis et al., 2004)。

3. 組織学的特徴

組織学的には、膵臓は外分泌部(腺房細胞)と内分泌部(ランゲルハンス島)から構成されています (Ross and Pawlina, 2020)。外分泌部は膵重量の98%を占め、膵液を主膵管(Wirsung管)および副膵管(Santorini管)を通じて十二指腸に分泌します。膵液には食物の三大栄養素(タンパク質、炭水化物、脂肪)を分解するトリプシン、アミラーゼ、リパーゼなどの消化酵素が含まれています。膵管の解剖学的変異は膵炎や膵嚢胞の発生に関連するため臨床的に重要です (Hruban et al., 2007)。

4. 内分泌機能

内分泌部であるランゲルハンス島は膵実質内に散在し、α細胞(グルカゴン産生)、β細胞(インスリン産生)、δ細胞(ソマトスタチン産生)、PP細胞(膵ポリペプチド産生)から構成されています (Kahn et al., 2014)。これらのホルモンは門脈系を介して肝臓に直接流入し、糖代謝を精密に調節しています。糖尿病はβ細胞の機能不全または破壊により発症します (American Diabetes Association, 2023)。

5. 血管分布とリンパ系

膵臓の血液供給は主に2つの動脈系から成ります:上膵十二指腸動脈(腹腔動脈の胃十二指腸動脈から分岐)と下膵十二指腸動脈(上腸間膜動脈から直接分岐)です (Michels, 1955)。これらの動脈は膵頭部周囲で豊富な吻合を形成し、膵体尾部は脾動脈からの分枝により栄養されます。静脈還流は門脈系に集まり、膵体尾部切除術では脾静脈結紮が必要となります。リンパ排液は主に膵頭部では上腸間膜リンパ節へ、膵体尾部では脾門および腹腔動脈周囲リンパ節へ流入します (Ishikawa et al., 2018)。

6. 神経支配

膵臓の神経支配は自律神経系によって調節されています。交感神経は腹腔神経叢から、副交感神経は迷走神経から供給され、これらは外分泌および内分泌機能の両方を調節しています (Tiscornia et al., 2015)。膵臓の知覚神経は内臓痛を伝達し、膵炎時の特徴的な帯状痛の原因となります (Bockman, 2007)。

7. 臨床的意義

臨床的に重要な疾患として急性膵炎、慢性膵炎、膵癌、膵神経内分泌腫瘍、膵嚢胞などがあります (Banks et al., 2013)。膵癌は予後不良な悪性腫瘍で、しばしば無症状のまま進行し、診断時には局所進行または転移していることが多いです (Siegel et al., 2022)。膵体尾部癌は症状が現れにくいため、膵頭部癌より発見が遅れることが多いです (Ryan et al., 2014)。

8. 語源と歴史

膵臓の名称は、ギリシャ語の"pan"(全体)と"creas"(肉)に由来し、全体が肉質であることを示します (Slack, 1995)。漢方医学ではこの臓器は独立して認識されておらず、「膵」の字は肉を集めるという意味から作られた国字です。宇田川玄真が『医範提綱』(1805年)で初めてこの国字を公表しました (小川, 1982)。

参考文献