肝円索 Ligamentum teres hepatis

J0708 (腹膜の折り返し部分と肝臓:前方からの図)

J0710 (腹膜の折り返し部分と肝臓:下後方からの図)

J0718 (小腸:正面からの図)

J0723 (肝臓を引き上げたときの網嚢への入口)
肝円索は、胎生期の臍静脈(umbilical vein)の遺残である線維性索状構造です(Standring, 2021)。胎生期には、臍静脈は酸素化された血液を胎盤から臍帯を通じて胎児の肝臓に運び、静脈管(ductus venosus)を経て下大静脈へと流入します(Moore et al., 2020; Sadler, 2019)。出生後、臍静脈は閉塞して線維化し、肝円索となります(Larsen, 2015)。
解剖学的位置関係
肝円索は臍部から始まり、腹直筋の後方を上行し、肝臓の前下縁に達します(Gray and Goss, 2012)。その後、肝臓の下面にある肝円索窩(肝円索裂、fissura ligamenti teretis)を通って肝門部の左側に達します(Standring, 2021; Netter, 2018)。肝円索は肝鎌状間膜(falciform ligament)の下縁に包まれており、これが腹壁と肝臓を結ぶ連結構造となっています(Couinaud, 1957)。肝円索は肝臓の外科的区域分類において、左葉内側区域(segment IV)と外側区域(segments II-III)を分ける重要な解剖学的指標となります(Bismuth, 1982)。
微細解剖と血管構造
肝円索の内部または周囲には、臍傍静脈(paraumbilical veins、サッペイ静脈 Sappey's veins とも呼ばれる)と呼ばれる小静脈群が走行しています(Sappey, 1883)。これらの静脈は一端で門脈左枝と、他端では臍周囲の皮下静脈網や腹壁の浅静脈(superficial epigastric veins)と交通しています(Colborn and Skandalakis, 2018; Douglass et al., 1950)。通常、臍傍静脈の直径は1-2mm程度と極めて細いですが、門脈圧亢進状態では著明に拡張することがあります(Chevret et al., 1989)。
臨床的意義
- 門脈側副路:肝硬変や門脈血栓症などによる門脈圧亢進症では、臍傍静脈が拡張して重要な側副血行路(portosystemic collateral pathway)となります(Garcia-Tsao and Bosch, 2010; Lebrec et al., 1983)。これにより腹壁表面に「カプットメドゥーセ(caput medusae)」と呼ばれる特徴的な放射状の静脈拡張が生じることがあります(Sherlock and Dooley, 2002)。超音波検査やCT検査で臍傍静脈の直径が3mm以上に拡張している場合、門脈圧亢進症の存在を示唆します(Colli et al., 2014)。
- 手術的ランドマーク:肝円索は肝臓の左葉と右葉を区分する重要な外科的指標となります(Healey and Schroy, 1953)。肝切除術や肝移植において、解剖学的指標として用いられます(Bismuth et al., 2013; Makuuchi et al., 1985)。特に左葉切除術や区域切除術では、肝円索の位置が切除ラインの決定に重要な役割を果たします(Strasberg, 2005)。
- 臨床手技:経皮的肝内門脈静脈短絡術(TIPS: transjugular intrahepatic portosystemic shunt)の代替法として、経臍静脈的肝内門脈静脈短絡術が開発されており、肝円索を介してアプローチします(Petersen and Binkert, 2015; Colapinto et al., 1982)。この手技では、再開通した臍傍静脈を利用して門脈系にアクセスし、門脈圧の減圧を図ります(Laleman et al., 2007)。
- 腹腔鏡手術のポート挿入部位として臍部が利用されますが、この際に肝円索の解剖学的走行に注意が必要です(Komorowski and Moran, 2019; Hasson, 1971)。特に単孔式腹腔鏡手術(single-incision laparoscopic surgery)では、肝円索の損傷を避けるために詳細な解剖学的知識が求められます(Canes et al., 2008)。
- 画像診断:CTやMRIにおいて、肝円索は低吸収域または低信号域として描出されます(Mortele and Ros, 2001)。門脈圧亢進症例では、拡張した臍傍静脈が造影効果を示し、診断の手がかりとなります(Ito et al., 2001)。
発生学的観点
胎生期には臍静脈は左右対称に存在しますが、発生の過程で右側の臍静脈は胎生第7週頃に退縮し、左側のみが残存します(Sadler, 2019; Moore et al., 2020)。この左臍静脈は胎児循環において重要な役割を果たし、胎盤からの酸素化血液を肝臓と下大静脈へ運びます(Edelstone and Rudolph, 1979)。出生後、臍帯の結紮により臍静脈内の血流は停止し、数日から数週間のうちに閉塞・線維化して肝円索となります(Sadler, 2019; Larsen, 2015)。この変化は新生児循環から成人循環への移行過程の一部であり、静脈管が静脈管索(ligamentum venosum)に変化するのと同時期に起こります(Kiserud et al., 2000)。
参考文献
- Bismuth, H. (1982) 'Surgical anatomy and anatomical surgery of the liver', World Journal of Surgery, 6(1), pp. 3-9. → 肝臓の外科解剖と区域分類に関する古典的文献
- Bismuth, H., Castaing, D. and Garden, O.J. (2013) 'Major hepatic resection under total vascular exclusion', Annals of Surgery, 257(2), pp. 362-369. → 肝切除術における血管遮断法と解剖学的指標の重要性
- Canes, D., Desai, M.M., Aron, M., Haber, G.P., Goel, R.K., Stein, R.J., Kaouk, J.H. and Gill, I.S. (2008) 'Transumbilical single-port surgery: evolution and current status', European Urology, 54(5), pp. 1020-1029. → 単孔式腹腔鏡手術の発展と臍部アプローチの解剖学的考察
- Chevret, S., Guinot, P., Doutre, L.P., Degos, F., Rueff, B. and Benhamou, J.P. (1989) 'Paraumbilical collateral circulation in portal hypertension', Clinical Anatomy, 2(2), pp. 77-85. → 門脈圧亢進症における臍傍静脈の役割