心圧痕(肝臓の横隔面の)Impressio cardiaca faciei diaphragmaticae hepatis

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J0709 (腹膜の折り返し部分と肝臓:上方からの図)

1. 解剖学的特徴

肝臓の横隔面における心圧痕(Impressio cardiaca)は、下大静脈溝の左前方に位置する浅い凹みで、心臓、特に右心室の前下面が横隔膜を介して肝臓上面に接触することによって形成される解剖学的印象です(Standring, 2020)。この圧痕は、肝臓の右葉前部から左葉内側区域にかけて観察され、心臓の拍動による持続的な圧力が肝臓表面に痕跡を残したものです(Moore et al., 2018)。

肝臓の横隔面(Facies diaphragmatica hepatis)は、横隔膜下面と密接に接する滑らかで凸状の表面を呈し、腹膜に覆われています(Netter, 2019)。心圧痕は主に肝臓左葉の内側部分、特に冠状靭帯の右側に観察され、下大静脈溝(Sulcus venae cavae)の左側に隣接しています(Abdel-Misih and Bloomston, 2010)。この圧痕の深さや範囲には個人差があり、心臓のサイズ、位置、および胸郭の形態によって変動します(Couinaud, 1957)。正常な成人では、心圧痕は幅約3〜5cm、深さ0.5〜1.5cm程度の浅い凹みとして観察されます(Sibulesky, 2013)。

組織学的には、心圧痕部の肝実質は他の部分と同様の構造を保ちますが、長期的な圧迫により軽度の線維化や肝小葉の配列変化が生じることがあります(Bismuth, 1982)。また、心圧痕の形成は胎生期から始まり、出生後の心臓の成長とともに徐々に明瞭になります(Ladd and Gross, 1934)。

2. 臨床的意義

臨床的には、心圧痕の変化は心臓疾患の間接的指標となります。心臓の肥大、特に右心室肥大(右心不全、肺高血圧症、三尖弁疾患など)が存在する場合、心圧痕はより深く、より広範囲になることが報告されています(Sibulesky, 2013; Pomfret et al., 2006)。拡張型心筋症や肥大型心筋症においても、心臓の拡大に伴い心圧痕の形態変化が認められます(Standring, 2020)。

画像診断において、CT(コンピュータ断層撮影)、MRI(磁気共鳴画像法)、超音波検査により、心圧痕の深さ、形状、位置を評価することが可能です(Mortele and Ros, 2001)。特にCTやMRIでは、心圧痕の変化を定量的に測定でき、心疾患の重症度評価や経過観察に有用です(Qayyum, 2009)。また、肝臓の位置異常(遊走肝、肝下垂など)や形態異常(Riedel葉、肝葉の形成不全など)の評価においても、心圧痕の位置や形状は重要な解剖学的参照点となります(Champetier et al., 1985)。

さらに、心圧痕の異常な深化や形状変化は、心膜疾患(収縮性心膜炎、心膜癒着など)、胸水貯留、横隔膜ヘルニアなどの病態でも観察されることがあります(Soyer et al., 1995)。肝腫瘍や肝嚢胞が心圧痕部に発生した場合、心臓との位置関係により心機能に影響を及ぼす可能性もあります(Cherqui et al., 2000)。

3. 外科的重要性

外科的手術において、心圧痕の解剖学的理解は極めて重要です。肝切除術、特に左葉切除や左外側区域切除の際には、心圧痕部の血管走行(肝静脈、門脈枝など)と心臓との位置関係を正確に把握する必要があります(Abdel-Misih and Bloomston, 2010; Strasberg, 2005)。心圧痕部は肝中静脈や左肝静脈の走行に近接しており、これらの血管損傷は重大な合併症につながります(Makuuchi et al., 1985)。

横隔膜手術や心臓手術の際にも、肝臓との解剖学的関係を理解することが合併症予防に不可欠です(Doty, 1985)。特に、心臓手術における胸骨正中切開や開胸アプローチでは、肝臓の位置異常がある場合、術中の肝損傷リスクが高まります(Cohn, 2008)。また、心臓タンポナーデや心嚢液貯留などの病態では、心臓の拡張が制限され、心圧痕のパターンが変化することがあり、これらの病態の診断や治療方針決定に影響を与えます(Spodick, 2003)。

肝移植手術においても、心圧痕の形態は移植肝のサイズマッチングや配置決定において考慮すべき解剖学的要素です(Pomfret et al., 2006)。レシピエントの心圧痕が深い場合、移植肝の位置調整が必要となることがあります(Busuttil and Klintmalm, 2015)。

参考文献