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J0705 (直腸:前から見て開かれている図)

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J0707 (直腸肛門部の断面)

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J0787 (男性の骨盤臓器の正中矢状断:左側からの右半分の図)

肛門管;直腸肛門部 Canalis analis

1. 解剖学的構造と位置

肛門管(anal canal)は直腸の下端部に位置し、直腸が骨盤隔膜を貫いて肛門に開口する部分です。長さは約3〜4cmであり、解剖学的に重要な構造です(Drake et al., 2020; Standring, 2021)。肛門管の上端は骨盤隔膜のレベルに位置し、特に肛門挙筋(levator ani muscle)の恥骨直腸筋部(puborectalis muscle)により規定されます(Moore et al., 2018)。

直腸膨大部(rectal ampulla)と肛門管との境界は骨盤底(pelvic floor)に存在し、骨盤隔膜(pelvic diaphragm)に囲まれています。恥骨直腸筋は直腸をU字型のループ状に取り囲み(puborectal sling)、この筋肉の持続的な緊張により直腸は前方に牽引され、直腸肛門角(anorectal angle)として知られる約80〜90度の前方に凸の屈曲が形成されます(Netter, 2019; Sinnatamby, 2022)。この屈曲は肛門管と直腸の解剖学的関係において便失禁の防止機構として重要な役割を果たしており、排便時には恥骨直腸筋が弛緩して直腸肛門角が鈍化することで内容物の通過が可能となります(Bissett, 2023)。

肛門管の走行は後下方に向かい、骨盤出口において体表に開口します。この開口部が肛門(anus)です。肛門管の前方には会陰中心腱(perineal body)があり、男性では尿生殖隔膜と前立腺、女性では腟後壁と近接しています(Drake et al., 2020)。後方には仙骨尖と尾骨があり、両側には坐骨直腸窩(ischioanal fossa)が存在します(Standring, 2021)。

2. 肛門管の区分

肛門管は解剖学的および組織学的特徴に基づいて上部・中部・下部の3区分に分けられます(Moore et al., 2018; Standring, 2021):

3. 解剖学的ランドマーク

肛門管には臨床的に重要な2つの主要なランドマークがあります:

歯状線(dentate line / pectinate line):肛門弁が並ぶラインで、肛門管の上部と中部の境界を示します(Moore et al., 2018)。この線は発生学的に内胚葉由来の後腸末端部と外胚葉由来の肛門窩の境界に相当し、血管支配、神経支配、リンパ流の分水嶺となります(Sadler, 2020)。歯状線より上方は上直腸動脈(superior rectal artery)と中直腸動脈(middle rectal artery)の支配を受け、静脈は上直腸静脈(門脈系)へ還流します。一方、歯状線より下方は下直腸動脈(inferior rectal artery)の支配を受け、静脈は下直腸静脈(大静脈系)へ還流します(Standring, 2021)。リンパ流についても、歯状線より上方は内腸骨リンパ節へ、下方は鼠径リンパ節へ流れます(Ellis, 2018)。

ヒルトンの白線(Hilton's white line / white line):中部と下部の境界に存在する線状の構造です。この白線は直腸筋層の外縦走筋から連続する結合組織線維が付着する部位で、血管に乏しいため白色を呈します(Ellis, 2018; Sinnatamby, 2022)。この線は内肛門括約筋の下縁と皮下外肛門括約筋との間に位置し、肛門手術の際の重要な解剖学的ランドマークとなります。白線より下方は体性神経支配のため痛覚が鋭敏であり、局所麻酔の範囲決定や切開線の設定において考慮されます(Bissett, 2023)。

4. 筋構造

肛門管周囲の筋構造は排便の調節において中心的な役割を果たします(Hall, 2021):

内肛門括約筋(internal anal sphincter, IAS):直腸の内輪走筋層(inner circular muscle layer)が肥厚して形成される不随意筋(平滑筋)です(Drake et al., 2020)。厚さは約3〜5mmで、肛門管の上部から中部にかけて存在し、下端はヒルトンの白線付近まで達します。内肛門括約筋は自律神経系の支配を受け、交感神経(下腹神経叢由来)により収縮が促進され、副交感神経(骨盤内臓神経由来)により弛緩が促進されます(Standring, 2021)。安静時には持続的な緊張状態(myogenic tone)を保ち、安静時肛門内圧の約70〜80%を担うことで肛門管の閉鎖を維持しています(Bissett, 2023)。

外肛門括約筋(external anal sphincter, EAS):会陰の横紋筋(骨格筋)で、随意的な制御が可能です(Moore et al., 2018)。外肛門括約筋は皮下部(subcutaneous part)、浅部(superficial part)、深部(deep part)の3層に区分されます(Netter, 2019)。皮下部は肛門管の最下部を取り囲み、浅部は会陰中心腱と肛門尾骨靱帯(anococcygeal ligament)の間に位置し、深部は恥骨直腸筋と混在して肛門管上部を囲みます(Standring, 2021)。外肛門括約筋は陰部神経(pudendal nerve, S2-S4)の下直腸神経枝(inferior rectal nerve)の支配を受けます(Hall, 2021)。安静時には基礎的な緊張を保ち、安静時肛門内圧の約20〜30%を担います。随意的な収縮により最大収縮圧を発生させ、便意を感じた際の一時的な排便抑制や、腹圧上昇時の便漏れ防止に重要です(Bissett, 2023)。

これらの括約筋は協調して排便の調節に関与します。括約筋の障害(外傷、手術、神経損傷、加齢など)は便失禁(fecal incontinence)などの臨床症状を引き起こします(Ellis, 2018)。特に産科的外傷や痔核手術後の括約筋損傷は、便失禁の主要な原因となります(Bissett, 2023)。