空腸 Jejunum
空腸は小腸の中間部分であり、消化と栄養吸収において中心的な役割を果たす器官です。解剖学的および臨床的に重要な以下の特徴を持ちます(Gray and Standring, 2021; Mescher, 2018):
解剖学的特徴
- 位置:十二指腸空腸曲(Treitz靭帯)から始まり回腸へと続き、主に左上腹部から臍周囲に位置します(Moore et al., 2023)。
- 長さと直径:成人では長さは約2.4 m(小腸全体の約2/5)、直径は約2.7 cmで、遠位に向かうにつれて徐々に細くなります(Standring, 2020)。
- 外観:回腸と比較して壁が厚く、血管が豊富で赤みを帯びており、輪状ひだ(ケルクリング襞)が顕著に発達しています(Drake et al., 2019)。
- 間膜:腸間膜は短く、背側腹壁に付着部(腸間膜根)を持ち、L2レベルから骨盤入口まで斜めに走行します(Netter, 2022)。
- 血管支配:上腸間膜動脈から分岐する空腸動脈が栄養を供給し、動脈弓が少なく直細動脈が長いという特徴があります(回腸では動脈弓が多く直細動脈が短い)(Skandalakis et al., 2018)。
組織学的特徴
- 腸絨毛:十二指腸と同様に密度が高く(約3,600個/cm²)、長さは約1 mmで、特殊な吸収上皮細胞で覆われています。吸収上皮面積は全体で約37 m²に達します(Ross and Pawlina, 2019)。
- 微絨毛:吸収上皮細胞の頂端面には微絨毛(刷子縁)が密に存在し、吸収面積をさらに増大させています(Junqueira and Mescher, 2018)。
- 腸腺(リーベルキューン腺):腸絨毛の間に開口し、パネート細胞(抗菌ペプチドを分泌)や腸クロム親和細胞(消化管ホルモンを分泌)が存在します(Kierszenbaum and Tres, 2020)。
- リンパ組織:粘膜固有層には孤立リンパ小節が発達し、腸管免疫系の一部を形成します(Mowat and Agace, 2022)。
臨床的意義
- 栄養吸収:炭水化物、タンパク質、脂質、ビタミン、ミネラルなどの消化・吸収が活発に行われ、特に二糖類の分解と単糖の吸収が顕著です(Hall and Hall, 2021)。
- 消化管ホルモン:GIP(グルコース依存性インスリン分泌促進ポリペプチド)やGLP-1(グルカゴン様ペプチド1)などを分泌し、全身の代謝調節に関与します(Holst, 2019)。
- 病理学的状態:クローン病、セリアック病、短腸症候群、腸閉塞、空腸憩室などの疾患の好発部位となります(Kumar et al., 2023)。
- 外科的考慮:腸切除の際は、回腸よりも空腸の方が吸収能力が高いため、可能な限り空腸を温存することが推奨されます(Brunicardi et al., 2019)。
- 画像診断:輪状ひだの特徴的なパターン(「羽毛状」または「鰯の骨」パターン)により、造影検査やCTなどで回腸と区別できます(Sahani and Samir, 2020)。
名称の由来は、ラテン語の「jejunus(空の、空腹の)」に由来し、解剖時にこの部分が比較的内容物が少なく空虚であることから命名されました(Tortora and Derrickson, 2022)。空腸は回腸とともに栄養素と水分の約90%を吸収するため、小腸切除後の栄養障害のリスク評価において重要な臓器です(Parrish and DiBaise, 2018)。