腸絨毛(小腸の)Villi intestinales intestini tenuis

1. 構造と機能

小腸の腸絨毛は、小腸の粘膜表面がビロード状ないしはベルベット状に見える特徴的な構造です。これは小腸粘膜の指状ないし葉状の小突起(長さ0.5-1.5mm)によるものであり、小腸の吸収表面積を著しく増大させる解剖学的適応です。小腸全体では、腸絨毛によって表面積は約600倍にまで拡大され、これにより効率的な栄養素の吸収が可能となります(Ross and Pawlina, 2021)。

2. 形態学的特徴

腸絨毛の形態は、小腸の各部位によって異なります。十二指腸を含む小腸上部では幅広い葉状(舌状または板状)を呈し、空腸では徐々に細長くなり、回腸では主に指状となります(Standring, 2020)。回腸下端に近づくにつれて、腸絨毛は短く、まばらになり、ついには大腸移行部で消失します。この形態学的変化は、小腸の各部位における吸収機能の違いを反映しています。十二指腸と空腸では主に糖質・タンパク質・脂肪・ビタミン・ミネラルの吸収が行われ、回腸ではビタミンB12や胆汁酸の吸収が主に行われます(Mescher, 2018)。

3. 組織学的特徴

組織学的には、腸絨毛は粘膜上皮が粘膜固有層によって管腔壁へ押し上げられた構造です。単層円柱上皮で覆われており、主に吸収細胞(enterocytes)と杯細胞(goblet cells)から構成されています(Ovalle and Nahirney, 2019)。吸収細胞の頂端面には微絨毛(microvilli)が密に存在し、いわゆる「刷子縁(brush border)」を形成して吸収面積をさらに増大させています。この微絨毛には多糖類からなる糖衣(glycocalyx)が存在し、消化酵素(二糖類分解酵素やペプチダーゼなど)が局在しています(Young et al., 2020)。

4. 栄養素の吸収メカニズム

腸絨毛の芯をなす粘膜固有層には、豊富な毛細血管網と絨毛の中心を走行するリンパ管(中心乳糜管central lacteal)が存在します(Kierszenbaum and Tres, 2019)。糖質やアミノ酸などの水溶性栄養素は毛細血管に吸収され門脈を経て肝臓へ運ばれますが、脂肪酸と脂溶性ビタミンは中心乳糜管に取り込まれ、リンパ系を介して体循環へ入ります。また、粘膜固有層には多数の免疫細胞(特にT細胞、B細胞、形質細胞、マクロファージなど)が存在し、腸管関連リンパ組織(GALT)の一部を形成しています(Mowat and Agace, 2014)。

5. 上皮細胞の再生と腸陰窩

腸絨毛間には、上皮の陥入部位である腸陰窩(リーベルキューン腺)が存在します。深さは約300~500μmあり、小腸上皮細胞の再生の場として機能します(Barker, 2014)。陰窩底部には幹細胞が存在し、活発に分裂増殖して新しい上皮細胞を産生します。これらの細胞は腸絨毛の側面を上行し、絨毛先端で剥離します。上皮細胞の寿命は約3~5日と短く、絶えず更新されています(Clevers, 2013)。十二指腸の腸陰窩底部には、アルカリ性粘液を分泌するブルンナー腺(十二指腸腺)が開口しており、酸性胃内容物から粘膜を保護する役割を果たしています(Gartner and Hiatt, 2022)。

6. 臨床的意義

臨床的意義としては、腸絨毛の構造変化は様々な消化器疾患で認められます。セリアック病(グルテン過敏性腸症)では、グルテンへの免疫反応により腸絨毛が萎縮し、吸収不良症候群を引き起こします(Green and Cellier, 2007)。炎症性腸疾患、特にクローン病では、腸絨毛の構造異常や炎症性変化が見られます(Baumgart and Sandborn, 2012)。また、化学療法や放射線治療によっても腸絨毛が障害され、下痢や栄養吸収障害を引き起こすことがあります(Keefe et al., 2000)。腸管虚血や再灌流障害でも、腸絨毛は最初に障害される構造の一つです(Mallick et al., 2004)。内視鏡検査とともに行われる生検による腸絨毛の形態学的評価は、これらの疾患の診断に重要な役割を果たしています(Dickson et al., 2006)。

参考文献