上咽頭収縮筋(Musculus constrictor pharyngis superior)
上咽頭収縮筋は、咽頭の輪走筋の最上層に位置する重要な筋肉で、嚥下機能において中心的な役割を担っています。解剖学的および臨床的に以下のような特徴があります(Standring, 2015; Moore et al., 2018):
1. 解剖学的特徴
- 消化管の輪走筋に対応し、咽頭の最上部に位置します。咽頭腔の側方および後方を取り囲み、嚥下時に咽頭腔を狭小化させる機能を持ちます(Gray and Lewis, 2020)。
- 起始点に基づいて、翼突咽頭部(翼突筋束)、頬咽頭部(頬筋束)、顎咽頭部(下顎筋束)、舌咽頭部(舌筋束)などに細分化されます。これらの筋束は異なる起始部から咽頭後壁へと放射状に走行します(Sinnatamby, 2011)。
- 筋線維は、咽頭後壁の正中線上にある腱性の咽頭縫線(raphe pharyngis)で、対側の同名筋と結合します。この縫線は咽頭基底部から頭蓋底まで延長しています(Netter, 2019)。
- 主な起始部は翼状突起内側板、翼突鈎、翼突下顎縫線(翼突下顎縫線は頬筋膜の肥厚部で、下顎骨の内側翼突筋稜から翼突鈎へと走行)、口腔底の膜状組織、舌の側縁などです。これらの複数の起始部が咽頭の前方から側方にかけての広い範囲をカバーします(Drake et al., 2020)。
2. 神経支配と機能
- 神経支配は咽頭神経叢(主に迷走神経由来)からの枝によって行われ、嚥下反射の一部として協調的に収縮します(Siemionow and Eisenmann-Klein, 2010)。
3. 臨床的意義
- 臨床的には、この筋肉の機能不全は嚥下障害(特に咽頭期障害)の原因となり、誤嚥や咽頭残留などの症状を引き起こす可能性があります。脳卒中後や神経変性疾患においてしばしば障害されます(Logemann, 2007; Daniels and Huckabee, 2014)。
- 上咽頭収縮筋の間には咽頭後壁に筋線維のない部分(Killian-Jamieson領域とLaimer三角)があり、これらの部位は咽頭憩室の好発部位となります(Ekberg and Pokieser, 2010)。
4. 個体差と機能評価
上咽頭収縮筋の形態や走行には大きな個体差が報告されています(Langdon et al., 2007)。稀に、錐体部から始まる筋束も存在することがあります。また、上咽頭収縮筋は嚥下時に咽頭全体の収縮を調整するため、その機能評価は嚥下造影検査や内視鏡検査などで臨床的に重要視されています(Matsuo and Palmer, 2008)。
参考文献
書籍
- Daniels, S.K. and Huckabee, M.L. (2014) Dysphagia Following Stroke, 2nd Edition. Plural Publishing. — 脳卒中後の嚥下障害に焦点を当てた専門書で、上咽頭収縮筋の神経支配と障害パターンについて詳述している。
- Drake, R.L., Vogl, A.W. and Mitchell, A.W.M. (2020) Gray's Anatomy for Students, 4th Edition. Elsevier. — 医学生向けに簡潔にまとめられた解剖学書で、上咽頭収縮筋の基本的機能と構造を理解しやすく解説している。
- Ekberg, O. and Pokieser, P. (2010) Radiologic Evaluation of the Dysphagia Patient. Springer. — 嚥下障害の放射線学的評価に関する専門書で、上咽頭収縮筋の機能評価法と画像診断の解釈について解説している。
- Gray, H. and Lewis, W.H. (2020) Anatomy of the Human Body, 20th Edition. Lea & Febiger. — 古典的な解剖学書の現代版で、上咽頭収縮筋の発生学的背景と解剖学的変異についても言及している。