口蓋咽頭筋は、咽頭の筋群の中で最も強力かつ重要な筋の一つです(Standring, 2020)。起始部は口蓋腱膜(口蓋帆腱膜)と翼状突起から放射状に広がり(Moore et al., 2018; Drake et al., 2014)、口蓋咽頭弓の粘膜下を走行して咽頭収縮筋の内側を下方へ進みます(Standring, 2020; Shimokawa et al., 2004)。筋線維は主に二つの方向に分かれ、一部は甲状軟骨の後縁に停止し、他の一部は咽頭縫線を越えて対側の筋と連結し、咽頭下部で「吊り紐(sling)」構造を形成します(Moore et al., 2018; Seikel et al., 2015)。さらに、上咽頭収縮筋の内腔面においては、追加の筋束が弧状に走行して咽頭後壁に到達します(Standring, 2020)。この複雑な筋束配列により、口蓋咽頭筋は嚥下および発声における多様な機能を果たすことができます(Matsuo and Palmer, 2008)。
主な機能としては、嚥下時に口蓋を下方・後方に引き、同時に喉頭を上方に挙上させる役割があります(Seikel et al., 2015; Logemann, 2007)。吊り紐構造が収縮すると咽頭後壁が持ち上がり、食塊の通過を促進します(Matsuo and Palmer, 2008; Moore et al., 2018)。また、発声時には口蓋咽頭口を狭め、口腔と鼻腔を遮断することで音声の共鳴に関与します(Matsuo and Palmer, 2008; Seikel et al., 2015)。この筋の協調的収縮は、鼻咽腔閉鎖機構の重要な要素であり、正常な構音と嚥下に不可欠です(Shkoukani et al., 2014)。
この筋の機能不全は嚥下障害(特に咽頭期の障害)や鼻咽腔閉鎖不全を引き起こす可能性があります(Logemann, 2007; Matsuo and Palmer, 2008)。口蓋裂患者では口蓋咽頭筋の形成不全や異常走行が見られ、手術的修復の際には重要な解剖学的指標となります(Shkoukani et al., 2014; Sadler, 2018)。また、閉塞性睡眠時無呼吸症候群の患者においては、口蓋咽頭筋を含む上気道筋群の緊張低下が病態に関与していると考えられています(Schwab et al., 2005)。頭頸部癌の手術や放射線治療後の嚥下リハビリテーションでは、この筋の機能回復が重要な目標の一つとなります(Pauloski, 2008; Logemann, 2007)。口蓋咽頭筋の麻痺や萎縮は、誤嚥性肺炎のリスクを高めるため、早期の機能評価と介入が推奨されます(Matsuo and Palmer, 2008)。
迷走神経(第X脳神経)の枝である咽頭神経叢からの支配を受けています(Mu and Sanders, 2010; Moore et al., 2018)。この神経支配により、口蓋咽頭筋は随意的および反射的な嚥下運動に関与します(Seikel et al., 2015)。血液供給は主に顔面動脈の枝である口蓋動脈と上行咽頭動脈から得ており(Drake et al., 2014; Standring, 2020)、これらの血管は口蓋と咽頭の粘膜にも栄養を供給します。
口蓋咽頭筋は発生学的には咽頭弓由来であり、第4咽頭弓の筋板から発生します(Sadler, 2018)。その発生過程は口蓋の形成と密接に関連しており、胎生6〜12週における口蓋突起の融合と筋の分化が同時に進行します(Sadler, 2018; Shkoukani et al., 2014)。発生異常は口蓋裂などの先天性異常の一因となり、特に口蓋帆挙筋との協調的発達が重要です(Shkoukani et al., 2014)。
解剖学的変異として、筋の走行パターンや付着部位に個体差が認められることがあります(Shimokawa et al., 2004)。Shimokawa et al.(2004)の系統的解剖学的研究によれば、口蓋咽頭筋の起始部と停止部には複数のバリエーションが存在し、特に翼状突起への付着の有無や甲状軟骨への停止パターンに多様性が見られます。特に口蓋裂患者では筋の走行が著しく異なる場合があり、臨床的に重要な意味を持ちます(Shkoukani et al., 2014; Sadler, 2018)。