

解剖学的特徴 采状ヒダは舌の下面(腹側面)に存在する特徴的な鋸歯状または櫛状のヒダ状構造です(Standring, 2020)。舌小帯(frenulum linguae)の両側に左右対称に位置し、舌下腺管開口部の外側に沿って走行しています(Gray, 1918; Netter, 2018)。長さは約15〜20mm、幅は2〜3mmほどで、先端部は不規則な鋸歯状の外観を呈しています(Berkovitz et al., 2018)。舌下小丘から後方に向かって延びる粘膜ヒダとして観察され、個体差が大きく、発達が顕著な場合もあれば痕跡的にしか認められない場合もあります(Moore et al., 2018)。
組織学的構造 組織学的には非角化重層扁平上皮で被覆されており、上皮下には疎性結合組織と小さな唾液腺(小舌下腺)が存在します(Berkovitz et al., 2018; Nanci, 2017)。粘膜固有層には豊富な毛細血管網と神経終末が分布し、特に舌静脈の一部が透見されることがあります(Fehrenbach and Herring, 2016)。電子顕微鏡的観察では上皮細胞間に多数のリンパ球浸潤が見られることも特徴的です(Bath-Balogh and Fehrenbach, 2011)。固有層には弾性線維と膠原線維が混在し、舌の運動に対応した伸展性を有しています(Ten Cate, 2013)。
発生学的意義 発生学的には痕跡的な下舌(sublingual structure)とされており、比較解剖学的に魚類や両生類の舌下器官の名残りと考えれています(Nanci, 2017; Sadler, 2018)。ヒト胎児では舌下ヒダとして明瞭に認められますが、成長とともに退縮し、成人では痕跡的な構造として残存します(Moore and Persaud, 2019)。胎生4〜5週に舌原基が形成される際、第1咽頭弓と第2咽頭弓の癒合部に相当する領域に発生し、胎生8週頃に最も顕著となります(Larsen, 2015)。出生後は徐々に退縮しますが、完全には消失せず成人期まで持続します(Schoenwolf et al., 2014)。
機能的側面 機能的には明確な役割は確立されていませんが、舌運動時の摩擦を軽減する役割や、微小な粘液分泌腺を含むことから口腔内湿潤に寄与している可能性が示唆されています(Iwasaki, 2022; Linden, 2013)。また、豊富な神経終末を含むことから感覚受容にも関与していると考えられています(Bradley, 2019)。舌の腹側面の可動性を維持し、嚥下運動や構音運動を円滑にする解剖学的構造としての役割も推測されています(Logemann, 2014)。
臨床的意義 臨床的には通常は無症状ですが、口腔内感染症(舌下炎、口底炎)の際には腫脹・発赤・疼痛を呈することがあります(Scully and Porter, 2019; Regezi et al., 2016)。また、舌下静脈の拡張が透見される場合は、しばしば全身疾患(門脈圧亢進症や心不全など)の徴候として注目されます(Neville et al., 2015)。稀に采状ヒダの過形成、嚢胞形成、線維腫様変化が報告されており、鑑別診断が必要となることがあります(Bouquot, 2014)。炎症性変化としては、カンジダ症、アフタ性潰瘍、扁平苔癬などの好発部位となることがあります(Greenberg et al., 2017)。また、外傷性損傷(歯による咬傷など)を受けやすい部位でもあります(Hupp et al., 2019)。
診断と臨床評価 口腔内診査の際には舌を挙上させることで容易に観察可能です(Tadakamadla et al., 2021; Sonis et al., 2014)。病的変化が疑われる場合は、視診・触診に加え、必要に応じて生検による組織学的評価が行われます(Woo and Challacombe, 2017)。采状ヒダの変化は全身疾患の初期徴候として現れることもあるため、包括的な患者評価の一環として注意深い観察が推奨されます(Langlais and Miller, 2013)。鑑別すべき病変としては、線維腫、乳頭腫、静脈瘤、粘液嚢胞、リンパ管腫などがあります(Pindborg, 2019)。
外科的考慮点 舌下部の外科処置や生検を行う際には、采状ヒダの外側に沿って走行する舌下動静脈や舌神経への損傷に注意が必要です(Haddad et al., 2018; Miloro et al., 2011)。また、採取した組織に小唾液腺が含まれることがあり、病理診断に影響を与える可能性があるため留意すべきです(Ellis et al., 2018)。舌下腺管(ワルトン管、ワルサー管)との位置関係も術前に確認する必要があります(Fonseca, 2017)。局所麻酔時には舌神経ブロックを適切に施行することで、出血や術後疼痛のコントロールが容易になります(Malamed, 2013)。
参考文献