口蓋腺 Glandulae palatinae

J0639 (頭頚部の正中矢状断:左側からの右半分の図)

J0640 (頭部の前頭断、後方からの図)

J0650 (上顎の永久歯および口蓋の粘膜、下方からの図)

J0673 (口蓋:粘膜を取り除いた後に下方からの図)
口蓋腺は、硬口蓋の外側部分の粘液固有層と、軟口蓋の粘膜下組織に存在する多数のブドウ状粘液腺で構成されています(Standring et al., 2016)。これらの腺は組織学的には単純管状あるいは複合管状腺で、主に粘液性の分泌物を産生しますが、一部は漿液性成分も含んでいます(Nanci, 2018)。口蓋腺の腺房は主に粘液細胞から構成され、漿液性半月(serous demilunes)が散在することが組織学的特徴です(Kierszenbaum and Tres, 2020)。
解剖学的構造
解剖学的には、口蓋腺は以下の2つに区分されます:
- 硬口蓋腺(glandulae palatinae durae):硬口蓋の外側部分に位置し、主に口蓋骨と上顎骨の口蓋突起を覆う粘膜の粘液固有層に埋め込まれています(Drake et al., 2020)。これらの腺は口蓋の側方部、特に臼歯部の粘膜下に密集しており、横口蓋縫線の外側に沿って配列しています(Moore et al., 2018)。個々の腺の大きさは直径3-4mm程度で、導管は粘膜表面に開口します(Berkovitz et al., 2017)。
- 軟口蓋腺(glandulae palatinae molles):軟口蓋全体の粘膜下組織に広く分布し、特に口蓋垂にも存在します(Moore et al., 2018)。これらは軟口蓋の筋層(口蓋帆挙筋、口蓋帆張筋、口蓋垂筋など)と粘膜の間に位置し、軟口蓋の可動性に対応した柔軟な構造を持ちます(Standring et al., 2016)。軟口蓋腺は硬口蓋腺よりも密度が高く、より連続的な層を形成しています(Ten Cate, 1998)。
組織学的特徴
口蓋腺は複合管状胞状腺の構造を持ち、粘液細胞が主体となっています(Nanci, 2018)。粘液細胞は核が基底部に圧排され、細胞質には多数のムチン顆粒を含みます。漿液性細胞は粘液腺房の末端に半月状構造(Giannuzzi半月)として存在し、抗菌性タンパク質やリゾチームを分泌します(Kierszenbaum and Tres, 2020)。導管系は介在部導管と線条部導管から構成され、分泌物の電解質組成を調整します(Young et al., 2014)。
神経・血管支配
口蓋腺の神経支配は三叉神経の枝である大口蓋神経(nervus palatinus major)と小口蓋神経(nervi palatini minores)からの副交感神経線維によって行われます(Berkovitz et al., 2017)。副交感神経線維は翼口蓋神経節を経由し、アセチルコリンを介して分泌を促進します(Drake et al., 2020)。血液供給は顎動脈(arteria maxillaris)の枝である大口蓋動脈(arteria palatina major)と小口蓋動脈(arteriae palatinae minores)から得ており、静脈還流は翼突筋静脈叢を経て行われます(Moore et al., 2018)。リンパ排液は深頸リンパ節群、特に咽頭後リンパ節へ流入します(Standring et al., 2016)。
生理学的機能
口蓋腺は口腔内の湿潤環境を維持するために必要な粘液を分泌し、食物の通過や嚥下を助けます(Humphrey and Williamson, 2001)。粘液の主成分であるムチン(MUC5BおよびMUC7)は潤滑作用に加え、口腔粘膜の保護機能を持ちます(Tabak, 1995)。口蓋腺からの分泌は1日あたり約2-3mLと推定され、全唾液分泌量の約2-3%を占めます(Edgar, 1992)。分泌は食事刺激や味覚刺激によって増加し、睡眠時には著明に減少します(Dawes, 2008)。
臨床的意義
- 小唾液腺腫瘍の好発部位の一つであり、多形性腺腫(pleomorphic adenoma)や腺様嚢胞癌(adenoid cystic carcinoma)などが発生することがあります(Barnes et al., 2005)。口蓋部の小唾液腺腫瘍は全小唾液腺腫瘍の約50%を占め、そのうち約40-50%が悪性腫瘍です(Spiro, 1986)。
- 喫煙者や口呼吸をする人では、口蓋腺の過剰な刺激により口蓋腺症(粘液嚢胞、mucocele)が発生することがあります(Regezi et al., 2016)。粘液嚢胞は導管の閉塞や損傷により粘液が周囲組織に貯留することで形成されます(Neville et al., 2016)。
- 口蓋腺は加齢とともに退行性変化を起こし、腺房の萎縮、線維化、脂肪組織への置換が進行します(Ship et al., 2002)。これにより唾液分泌量が減少し、口腔乾燥症(xerostomia)の一因となります(Pedersen et al., 2018)。
- 口蓋裂患者では口蓋腺の分布と機能に異常が認められ、口腔内の乾燥や感染のリスクが増加します(Mossey et al., 2009)。
参考文献
- Barnes, L., Eveson, J.W., Reichart, P. and Sidransky, D. (2005) World Health Organization Classification of Tumours: Pathology and Genetics of Head and Neck Tumours. Lyon: IARC Press. → WHOによる頭頸部腫瘍の病理学的分類の標準的参考書。