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J0638 (口唇線と頬腺:前方からの図)

臼歯腺 Glandulae molares

解剖学的特徴

臼歯腺は、下顎第三大臼歯(智歯)の頬側に位置する粘膜下唾液腺の集合体です。解剖学的には口腔粘膜の粘膜下層に存在し、大きさは直径2〜3mm程度の小型腺で、組織学的には複合管状胞状腺(compound tubulo-acinar glands)に分類されます(Standring, 2020; Netter, 2018)。これらの腺は主に漿粘液性の分泌腺で、漿液細胞と粘液細胞の両方を含みますが、漿液性の成分が優位です(Fehrenbach and Herring, 2021)。

位置と機能

臼歯腺は頬筋(musculus buccinator)と下顎骨の間、頬粘膜深層に散在しており、特に下顎枝前縁部から第三大臼歯後方の口腔前庭粘膜下に多く分布します(Berkovitz et al., 2017)。各腺は短い導管(5〜10mm程度)を通じて口腔内に開口し、主に漿液性の分泌物を産生します(Ellis et al., 2019)。分泌物はムチン、アミラーゼ、リゾチーム、ラクトフェリン、免疫グロブリンA(IgA)などを含み、口腔内環境の保湿、初期消化、抗菌作用、局所免疫において重要な役割を果たします(Carpenter, 2013; Ten Cate, 2018)。臼歯腺の分泌は副交感神経支配(主に顔面神経からの分枝)により調節されています(Drake et al., 2020)。

臨床的意義

臨床的には、臼歯腺は粘液嚢胞(mucocele)または粘液貯留嚢胞(mucus retention cyst)の好発部位です。特に第三大臼歯の抜歯後や外傷、慢性的な咬傷によって導管が損傷すると、分泌物が周囲組織に漏出し嚢胞を形成することがあります(Neville et al., 2016)。また、臼歯腺領域は小唾液腺腫瘍の発生部位ともなり得ます。頻度は低いものの、多形腺腫(pleomorphic adenoma)、粘表皮癌(mucoepidermoid carcinoma)、腺様嚢胞癌(adenoid cystic carcinoma)などの発生母地となる可能性があります(Ellis et al., 2019; Speight and Barrett, 2020)。小唾液腺由来の腫瘍は大唾液腺由来のものと比較して悪性の割合が高いことが知られています(約50%が悪性)(Barnes et al., 2005)。

命名と同義語

臼歯腺は臼後腺(Glandulae retromolares; retromolar glands)とも呼ばれ、これは第三大臼歯後方の三角後窩(retromolar trigone)領域に位置することに由来します(Fehrenbach and Herring, 2021)。また、小唾液腺(minor salivary glands)の一部として分類され、口腔内に広く分布する他の小唾液腺(口唇腺、頬腺、口蓋腺、舌腺など)と共に口腔粘膜の保護と機能維持に寄与しています(Gray, 2021)。

参考文献