口蓋 Palatum
口蓋は、口腔の上壁を形成する解剖学的構造物で、鼻腔と口腔を分離する重要な役割を担っています(Standring, 2020)。解剖学的特徴と臨床的意義について以下に詳述します:
解剖学的構造
- 前方2/3は硬口蓋(palatum durum)で構成され、骨性の基盤として上顎骨の口蓋突起と口蓋骨の水平板があります(Moore et al., 2018)。この骨構造は骨膜と重層扁平上皮を持つ粘膜で覆われています。粘膜下には多数の小唾液腺(口蓋腺)が存在します。
- 後方1/3は軟口蓋(palatum molle)または口蓋帆(velum palatinum)と呼ばれ、線維性の腱膜(口蓋腱膜)と複数の筋肉(口蓋帆挙筋、口蓋帆張筋、口蓋舌筋、口蓋咽頭筋、口蓋垂筋)から構成される筋性の構造です(Netter, 2019)。
- 軟口蓋の正中部は下方へ細長く延びて口蓋垂(uvula palatina)を形成します。口蓋垂は主に口蓋垂筋によって構成されています(Drake et al., 2020)。
- 血液供給は、主に大口蓋動脈(顎動脈の分枝)、小口蓋動脈、口蓋降動脈から行われます。静脈還流は翼突筋叢を経て顔面静脈や内頸静脈に流入します(Standring, 2020)。
- 神経支配は、感覚は三叉神経第2枝(上顎神経)の枝である大口蓋神経と小口蓋神経が担当し、運動は主に迷走神経の咽頭枝と副神経が支配しています(Moore et al., 2018)。
機能と臨床的意義
- 口蓋は嚥下時に重要な役割を果たし、軟口蓋は挙上して鼻咽腔を閉鎖することで食物や液体が鼻腔に逆流するのを防ぎます(鼻咽腔閉鎖機能)。この機能が障害されると鼻咽腔閉鎖不全となり、開鼻声や嚥下時の鼻腔への逆流を引き起こします(Kummer, 2014)。
- 発声・構音において、軟口蓋は特定の子音(/k/、/g/など)の形成に関与し、共鳴腔としても機能します。口蓋裂患者では、特徴的な発音障害が見られます(Peterson-Falzone et al., 2017)。
- 硬口蓋の正中部には切歯乳頭と口蓋縫線があり、その両側に横行性の口蓋襞(口蓋ヒダ)が見られます。これらは個人識別や法医学的鑑識にも利用されます(Caldas et al., 2007)。
- 臨床的に、口蓋は口蓋裂、粘膜下口蓋裂、口蓋垂裂などの先天異常、口蓋扁桃炎、口蓋腫瘍(小唾液腺由来の多形性腺腫や粘表皮癌など)の好発部位となります(Mossey et al., 2009)。
日本人の口蓋形態に関する研究
口蓋の形態には著しい個人差があり、前後(矢状)方向と左右方向に湾曲しています。日本人を対象とした形態計測学的研究では、口蓋の高さ(口蓋深度)、幅、長さ、口蓋弓の形状などについて詳細な報告がなされています(小川, 2010; 佐藤, 2015)。これらの解剖学的変異は、歯科矯正治療、口腔外科手術計画、発音障害の評価などの臨床分野で重要な意義を持ちます(山田, 2018)。また、人類学的観点からは、人種間での口蓋形態の差異が研究されています(田中, 2012)。
参考文献
- Caldas, I.M., Magalhães, T. and Afonso, A. (2007) 'Establishing identity using cheiloscopy and palatoscopy', Forensic Science International, 165(1), pp. 1-9.
- Drake, R.L., Vogl, A.W. and Mitchell, A.W.M. (2020) Gray's Anatomy for Students. 4th edn. Philadelphia: Elsevier.
- Kummer, A.W. (2014) Cleft Palate and Craniofacial Anomalies: Effects on Speech and Resonance. 3rd edn. Clifton Park, NY: Cengage Learning.
- Moore, K.L., Dalley, A.F. and Agur, A.M.R. (2018) Clinically Oriented Anatomy. 8th edn. Philadelphia: Wolters Kluwer.