
解剖学的構造と位置
上唇結節(じょうしんけっせつ、tuberculum labii superioris)は、人中(じんちゅう、philtrum)の下端に位置し、上唇赤唇部の中央に存在する小さな隆起部位です。解剖学的には、上唇赤唇部の中央に観察される丸みを帯びた突起構造として特徴づけられます(Standring, 2020; Gray et al., 2021)。この構造は胎生期の顔面発生過程において、内側鼻突起(medial nasal prominence)と上顎突起(maxillary prominence)の癒合部位に相当し、発生学的に重要な意義を持ちます(Sadler, 2019; Moore et al., 2020)。上唇結節の形成は、胎生第6~8週において完成し、この時期の発生異常は口唇裂(cleft lip)などの先天性奇形の原因となります(Jiang et al., 2006)。
組織学的特徴
組織学的には、上唇結節は重層扁平上皮(stratified squamous epithelium)に覆われており、その下層には豊富な結合組織、血管網、神経終末が密に分布しています(Sperber and Sperber, 2018; Nanci, 2018)。特に三叉神経第二枝(上顎神経、maxillary nerve)の分枝である上唇枝(superior labial branches)からの感覚神経支配が豊富で、触覚および痛覚に対して非常に敏感な領域を形成しています(Iwanaga et al., 2021; Tubbs et al., 2022)。また、口輪筋(orbicularis oris muscle)の線維が上唇結節周囲に集中しており、この筋肉の作用により口唇の微細な動きや表情形成に寄与しています(Drake et al., 2020)。血管供給は主に上唇動脈(superior labial artery)によって行われ、豊富な血管叢を形成しています(Pessa et al., 2009)。
臨床的意義
臨床的意義として、上唇結節の形態異常は口唇裂や口唇口蓋裂(cleft lip and palate)などの先天性異常の診断指標となることが知られています(Wong et al., 2022; Mossey et al., 2009)。特に片側性または両側性口唇裂患者において、上唇結節の欠損または非対称性が観察され、形成外科的修復における重要な解剖学的指標となります(Mulliken, 2000; Fisher et al., 2020)。
また、この部位は美容的観点からも重要で、口唇の審美的形態に大きく影響を与えます。形成外科的処置や美容医療において、上唇結節の形状と大きさは「キューピッドボウ(Cupid's bow)」と呼ばれる上唇の美的特徴を形成し、口唇の立体感や表情の豊かさに関わる重要な要素として考慮されます(Ahn et al., 2018; Converse et al., 1977)。近年の美容医療では、ヒアルロン酸フィラーなどを用いた上唇結節の増強術が行われており、その解剖学的理解が適切な施術には不可欠です(Raspaldo et al., 2015)。
さらに、口腔外科領域では、上唇結節付近に生じる病変(粘液嚢胞、線維腫、血管腫などの良性腫瘍や嚢胞)の診断・治療において解剖学的ランドマークとして重要です(Murakami et al., 2023; Neville et al., 2016)。また、口唇癌などの悪性腫瘍の切除範囲決定においても、この構造は機能的・審美的再建の基準点となります(Brown et al., 2019)。
参考文献