

定義と解剖学的特徴
口裂(こうれつ)とは、上唇と下唇の間に形成される口の開口部のことです。解剖学的には「Rima oris」(ラテン語)または英語で「Oral fissure」「Oral opening」と呼ばれます(Standring, 2020)。口裂は口腔への入口として機能し、摂食、発声、呼吸、表情形成における重要な解剖学的構造です(Drake et al., 2020)。
解剖学的には、口裂は顔面の中央部に位置し、口角(commissure of lips)によって左右に区切られています(Moore et al., 2018)。成人では通常、口裂の幅は約50mmで、個人差や人種差があります(Moore et al., 2018)。口裂の境界は上下の赤唇(vermilion border)によって明確に区分されており、この赤唇境界線は皮膚粘膜接合部を示しています(Standring, 2020)。口裂の周囲は口輪筋(orbicularis oris muscle)によって取り囲まれており、この筋肉は口唇の閉鎖と突出運動を制御しています(Drake et al., 2020)。
口裂の深さは安静時と開口時で変化し、最大開口時には成人で約40-50mmに達します(Okeson, 2019)。口裂の形態は年齢、性別、人種によって異なり、新生児では相対的に小さく、成長とともに拡大します(Farkas et al., 2005)。
発生学
口裂は発生学的には、胎生第4週から第8週にかけて顔面突起(facial processes)の癒合によって形成されます(Sadler, 2019)。具体的には、正中鼻隆起(medial nasal prominence)、外側鼻隆起(lateral nasal prominence)、上顎突起(maxillary process)、下顎突起(mandibular process)の複雑な融合過程を経て口裂が形成されます(Moore et al., 2020)。
胎生第6週頃、左右の上顎突起が正中で接近し、正中鼻隆起と融合することで上唇が形成されます(Sadler, 2019)。一方、下唇は左右の下顎突起が正中で癒合することで形成されます(Moore et al., 2020)。この過程で癒合不全が生じると、口唇裂(cleft lip)や口蓋裂(cleft palate)などの先天異常が発生することがあります(Jugessur et al., 2009)。口唇口蓋裂の発生頻度は人種によって異なり、日本人では約500出生に1例の割合で発生します(Watkins et al., 2014)。
筋肉と神経支配
口裂の機能は主に口輪筋によって制御されています。口輪筋は口裂を取り囲む括約筋で、顔面神経(第VII脳神経)の頬筋枝および下顎縁枝によって支配されています(Standring, 2020)。この筋肉は複雑な層構造を持ち、表層線維と深層線維に分けられ、口唇の閉鎖、突出、口角の引き下げなどの多様な運動を可能にしています(Drake et al., 2020)。
口裂周囲には他にも多くの表情筋が存在し、口角挙筋(levator anguli oris)、大頬骨筋(zygomaticus major)、小頬骨筋(zygomaticus minor)、口角下制筋(depressor anguli oris)などが協調して作用することで、複雑な表情表現を可能にしています(Netter, 2019)。これらの筋肉はすべて顔面神経によって支配されています(Moore et al., 2018)。
口裂の感覚神経支配は三叉神経(第V脳神経)によって行われており、上唇は上顎神経(第2枝)の眼窩下神経、下唇は下顎神経(第3枝)のオトガイ神経によって支配されています(Standring, 2020)。
血管供給
口裂領域への動脈血供給は主に外頸動脈系から行われます(Drake et al., 2020)。上唇は顔面動脈の上唇動脈(superior labial artery)、下唇は下唇動脈(inferior labial artery)によって栄養されています(Moore et al., 2018)。これらの動脈は口唇内で豊富な吻合を形成し、口唇の血流は非常に豊富です(Standring, 2020)。
静脈還流は顔面静脈を経由して内頸静脈へ流入します(Drake et al., 2020)。リンパ排液は、上唇の外側部分はおとがい下リンパ節へ、中央部分は顎下リンパ節へ、下唇はおとがい下リンパ節および顎下リンパ節へ流れます(Standring, 2020)。
機能と臨床的意義
臨床的には、口裂は摂食、咀嚼、嚥下、発声、呼吸、表情の形成など重要な機能を担っています(Netter, 2019)。摂食時には口裂の適切な閉鎖が必要で、口輪筋の収縮により食物や液体の口腔外への漏出を防ぎます(Okeson, 2019)。発声においては、口裂の形状と大きさの調整が母音や子音の産生に重要な役割を果たしています(Drake et al., 2020)。
顔面神経麻痺(第VII脳神経麻痺)では、口輪筋の麻痺により口裂の形状異常や機能障害が生じます(Standring, 2020)。具体的には、患側の口角下垂、口裂の非対称性、口唇閉鎖不全による流涎、食物や液体の漏出などが観察されます(Croxson et al., 2007)。Bell麻痺や脳卒中などが顔面神経麻痺の主な原因となります(Peitersen, 2002)。
また、全身疾患の一部として口裂の形態変化が現れることもあります(Kumar et al., 2017)。例えばダウン症候群(Down syndrome)では特徴的な小さな口裂(microstomia)が見られ、開口傾向と大きな舌の突出を伴うことがあります(Bull, 2020)。逆に、マクロストミア(macrostomia)は口裂の異常な拡大を示し、先天性の癒合不全や外傷、熱傷などによって生じます(Standring, 2020)。