十字部[趾の線維鞘の]Pars cruciformis vaginae fibrosae digitorum pedis

J0517 (右足底の筋)
解剖学的構造
趾の線維鞘(vagina fibrosa digitorum pedis)は、足趾の屈筋腱を包む強靱な結合組織性の管状構造です(Standring, 2020)。この線維鞘は、長趾屈筋腱と長母趾屈筋腱が趾骨に沿って走行する際に、腱を骨面に密着させる役割を果たします。
線維鞘は、その線維の走行方向により以下の2つの主要な構成要素に分けられます(Doyle & Blythe, 1977):
- 輪状部(pars anularis):線維が趾の長軸に対して横走する部分で、趾骨の骨幹部に対応して存在します。これらは環状の線維束として配列し、腱を骨に強固に固定します。
- 十字部(pars cruciformis):線維が斜走または交差する部分で、主に趾の関節部に対応して存在します。特に近位指節間関節(PIP関節)および遠位指節間関節(DIP関節)の前方に顕著に認められます。
十字部の線維は、隣接する輪状部から起始し、斜めに交差しながら対側へ走行して、趾骨の側面および掌側面に付着します。この交差する線維配列により「X」字状の構造を形成することから「十字部」または「十字靱帯(ligamenta cruciformia)」と呼ばれています(Moore et al., 2017)。
機能的意義
十字部の主な機能は以下の通りです(Netter, 2018):
- 腱の位置保持:屈筋腱が趾の屈曲運動時に骨面から浮き上がるのを防ぎ、腱を最適な位置に保持します。これにより、筋力が効率的に伝達されます。
- 関節部での可動性の確保:輪状部と比較して斜走線維から成る十字部は、関節の屈曲・伸展時に適度な柔軟性を提供し、腱の滑走を妨げません(Lin et al., 1989)。
- 滑車機構の形成:線維鞘全体として滑車(pulley)システムを構成し、屈筋腱の機械的効率を高めます。特に十字部は関節部での滑車作用に重要です(Doyle, 2001)。
臨床的意義
趾の線維鞘の十字部は、以下のような臨床的状況において重要です:
- 腱鞘炎(tenosynovitis):過度の使用や反復動作により、線維鞘内で腱の炎症が生じることがあります(Shuen & Boc, 2016)。特にランナーやダンサーに好発します。症状として、趾の屈曲時の疼痛、腫脹、圧痛が認められます。
- 弾発趾(trigger toe):線維鞘の狭窄により、腱が線維鞘内で引っかかり、趾の屈伸時に「カクン」という弾発現象を生じます(Sato et al., 2012)。十字部や輪状部の肥厚が原因となることがあります。
- 外傷性損傷:直達外力や過伸展損傷により、線維鞘が断裂することがあります(Strickland, 1995)。十字部の損傷は、腱の脱臼(bowstringing)を引き起こし、屈筋腱が骨面から浮き上がる結果、握力低下や機能障害をもたらします。
- 感染症:化膿性腱鞘炎は、線維鞘内に細菌感染が生じた重篤な状態です(Pang et al., 2007)。趾の外傷や刺創から細菌が侵入し、閉鎖空間である線維鞘内で急速に広がります。緊急の外科的ドレナージが必要となります。