大動脈裂孔 Hiatus aorticus

J0433 (横隔膜:腹腔からの図)

J0685 (食道と気管とその周囲:前方からの図)

J0956 (腰仙骨神経叢:前方からの図)
大動脈裂孔は、横隔膜の腰椎部における左右の脚間に存在する解剖学的に重要な開口部です。横隔膜の三大裂孔(大動脈裂孔・食道裂孔・下大静脈孔)の一つとして、胸腔と腹腔を連結する重要な通路となっています(Gray et al., 2020)。
1. 解剖学的特徴
- 位置と構造:
- 横隔膜の左右腰部(腰椎部)において、内側脚と外側脚の間に形成されています(Moore et al., 2022)
- 線維性組織と筋性組織から構成され、椎体前面で大動脈を取り囲むように配置されています
- 第12胸椎の椎体前面に位置し、横隔膜の後方部分を構成します(Standring, 2021)
- 通過する構造物:
- 胸大動脈(主要な通過構造物)
- 交感神経叢(大動脈神経叢)- 内臓への自律神経支配に重要(Netter, 2019)
- 奇静脈(azygos vein)- 右側の体幹壁からの血液を上大静脈へ運搬
- 胸管(thoracic duct)- リンパ液を静脈系へ還流させる重要な経路(Drake et al., 2019)
- 周囲構造物との関係:
- 食道裂孔との位置関係:大動脈裂孔は一般的に食道裂孔の後方やや右側に位置します(Sinnatamby, 2018)
- 下大静脈孔:大動脈裂孔よりも前方かつ右側に位置しています
- 腹部大動脈は大動脈裂孔を通過後、すぐに腹腔動脈・上腸間膜動脈・腎動脈などの主要分枝を分岐します(Loukas et al., 2016)
2. 形態学的変異
- 脊柱に対する高さの個人差:
- 日本人成人では、第11胸椎椎体の中央1/3から第1・2腰椎間椎間円板までの広い範囲に位置することが報告されています(宮内ほか, 2000)
- 性差:男性では第12胸椎と第1腰椎間の椎間円板レベル、女性では第12胸椎椎体の下1/3または第12胸椎と第1腰椎間の椎間円板に位置する傾向があります(佐藤, 2018)
- 人種差:欧米人と比較して日本人では若干高位に位置する傾向があるとの報告もあります(坂井, 2021)
3. 臨床的意義
大動脈裂孔は以下の臨床的観点から重要です:
- 大動脈解離や大動脈瘤の外科的アプローチにおいて、大動脈裂孔の解剖学的位置関係の理解が不可欠です(Elefteriades and Botta, 2016)
- 横隔膜ヘルニアの一種である大動脈裂孔ヘルニア(稀ではありますが報告例があります)(Palanivelu et al., 2008)
- 腹部大動脈周囲リンパ節郭清を伴う外科手術において、大動脈裂孔周囲の解剖学的理解が重要です(Morita et al., 2017)
- 腹腔神経叢ブロックなどの神経ブロック治療において、大動脈裂孔を通過する神経構造の理解が必要です(Wong and Brown, 2020)
大動脈裂孔の解剖学的変異を理解することは、画像診断や外科的処置において誤認を防ぎ、安全かつ効果的な医療の提供に寄与します(Tubbs et al., 2019)。
4. 参考文献
書籍
- Drake, R.L., Vogl, A.W. and Mitchell, A.W.M. (2019) Gray's Anatomy for Students. 4th edition. Philadelphia: Elsevier. — 医学生向けの解剖学教科書で、大動脈裂孔の基本的構造と機能について詳細に解説されている。
- Elefteriades, J.A. and Botta, D.M. (2016) Aortic Dissection and Related Syndromes. New York: Springer. — 大動脈解離と関連疾患に焦点を当てた専門書で、大動脈裂孔の臨床的重要性について言及している。