咬筋 Musculus masseter
咬筋は、顔面の側面に位置する主要な咀嚼筋の一つであり、解剖学的および臨床的に極めて重要な筋肉です(Gray and Carter, 2021)。下顎の挙上運動において中心的な役割を果たし、咀嚼力の大部分を担っています。

J0064 (下顎の右半分、筋の起こる所と着く所:外側からの図)

J0077 (頭蓋骨、筋の起こる所と着く所:右方からの図)

J0079 (頭蓋骨、筋の起こる所と着く所を示す:前面からの図)

J0081 (外頭蓋底:筋の起こる所と着く所を示す図)

J0409 (口領域の深層筋、少し右方からの図)

J0411 (右側の側頭筋膜と咬筋)

J0414 (右側の咀嚼筋、背側からやや内側からの図)

J0418 (頚部の筋(第2層):右側からの図)

J0420 (頚部の筋(第3層):右側からの図)

J0640 (頭部の前頭断、後方からの図)

J0670 (下顎腺とその周囲:右下方からの図)

J0671 (耳下腺、右側からの図)

J0896 (左大脳半球外側面)

J0912 (右の下顎神経の分岐、浅層)
1. 解剖学的特徴
1.1 層構造と筋線維配列
咬筋は表層から深層にかけて、複雑な多層構造を持つことが特徴です(Standring, 2023)。この層構造により、様々な方向への力の発揮が可能となっています。
- 浅層部(Pars superficialis):
- 咬筋の最も大きな部分を占め、筋線維は前下方(anteroinferior)に走行します
- 近年の詳細な研究により、浅層部はさらに3つの副層に細分化できることが報告されています(Gaudy et al., 2023)
- 各副層は異なる角度で筋線維が配列しており、多方向への力の発揮を可能にしています
- 深層部(Pars profunda):
- 浅層部の深部に位置し、筋線維はより垂直方向(vertical)に走行します
- 深層部は2-3層の副層に細分化でき、最も深い層は下顎枝に密着しています
- 垂直方向の線維配列により、強力な咬合力の発揮に貢献します
1.2 起始と停止
- 起始(Origin):
- 浅層部:頬骨弓(zygomatic arch)の前方3分の2の下縁と内面から起始します。起始面積は約15-20cm²に及びます(Moore et al., 2022)
- 深層部:頬骨弓の後方3分の2の内面と深面から起始します。より後方かつ上方に位置する起始部を持ちます
- 頬骨弓の前後で異なる起始部を持つことにより、筋の作用方向に多様性が生まれます
- 停止(Insertion):
- 浅層部:下顎枝(ramus of mandible)の外側面の下半分、下顎角(angle of mandible)の外側面に広く停止します
- 深層部:下顎枝の外側面上半分、特に筋突起(coronoid process)の近傍に停止します
- 停止部の面積は起始部よりも広く、約25-30cm²に達し、力の分散に寄与します
1.3 神経支配
咬筋は三叉神経(trigeminal nerve、CN V)の下顎神経(mandibular nerve、V3)から分岐する咬筋神経(masseteric nerve)により運動支配を受けます(Drake et al., 2020)。
- 咬筋神経の走行:
- 下顎切痕(mandibular notch)を通過して咬筋の深面に進入します
- 筋の深層部から浅層部へと分枝を送ります
- 筋内での神経分布密度は、深層部でより高いことが報告されています
- 固有感覚:
- 咬筋には多数の筋紡錘(muscle spindles)が存在し、咬合力の調節に重要な役割を果たします
- 筋紡錘密度は他の咀嚼筋と比較して高く、精密な力のコントロールを可能にしています
1.4 血液供給
咬筋は豊富な血管網により栄養されており、以下の動脈から血液供給を受けます:
- 主要供給動脈:
- 咬筋動脈(masseteric artery):顎動脈(maxillary artery)の分枝で、最も主要な血液供給源です
- 顔面動脈(facial artery)の咬筋枝:筋の前下部を栄養します
- 浅側頭動脈(superficial temporal artery)の咬筋枝:筋の上部を栄養します
- 静脈還流:同名の静脈を通じて翼突静脈叢(pterygoid venous plexus)へ排出されます
1.5 周囲組織との関係