胸郭 Cavea thoracis; Thoracic cage

J0146 (胸郭:前面からの図)

J0147 (胸郭:背面からの図)

J0148 (右側の胸郭)

J0149 (胸郭と肩帯:上方からの図)

J0529 (胸部内の心臓の位置、腹面図)
定義と構成
胸郭(thoracic cage)は、脊柱の胸部を構成する12個の胸椎、12対の肋骨とその肋軟骨、および胸骨から構成される骨性・軟骨性の籠状構造です(Moore et al., 2018; Drake et al., 2020)。この構造は胸腔(cavitas thoracis)を形成し、心臓、肺、大血管(大動脈、上大静脈、下大静脈、肺動脈、肺静脈)、気管、食道、胸腺などの重要な胸部臓器を保護する機能を持ちます(Standring, 2020)。胸郭は機械的保護機能に加え、呼吸運動における能動的な役割を果たし、肋間筋や横隔膜と協調して胸腔内圧を変化させることで換気を実現します(De Troyer and Boriek, 2011)。
詳細な形態学的特徴
- 全体形状:胸郭は前後に扁平な円錐形または樽状を呈し、上方の胸郭上口(thoracic inlet)は狭く、下方の胸郭下口(thoracic outlet)に向かって広がる構造を持ちます。前面は胸骨によって形成され、後面は胸椎の椎体と棘突起によって形成されます。側面は肋骨と肋間隙によって構成されます(Drake et al., 2020)。
- 径線と寸法:成人の胸郭では、横径(左右径)は前後径より大きく、特に下部で顕著です。標準的な成人では前後径約12-14cm、横径約28-30cm、垂直径(高さ)約25-30cmを示します(Moore et al., 2018)。これらの径は呼吸相により変化し、深吸気時には全ての径が拡大します。
- 性差:女性の胸郭は男性と比較して相対的に短く、より円錐形で、容量が小さい傾向があります。女性では上部胸郭の相対的寄与が大きく、男性では下部胸郭と腹部の呼吸運動への寄与が大きいという性差も報告されています(Bellemare et al., 2003)。これは呼吸パターンの性差(女性の胸式呼吸優位、男性の腹式呼吸優位)に関連しています。
- 体型による個体差:無力型(asthenic)体型では胸郭は細長く、肋骨の傾斜が急峻で、胸骨下角が狭い傾向があります。肥満型(hypersthenic)体型では胸郭は短く幅広く、肋骨の傾斜が緩やかで、胸骨下角が広い傾向があります(Standring, 2020)。
- 年齢による変化:新生児では胸郭は相対的に円筒形で、肋骨は水平に近い走行を示します。成長とともに成人型の扁平な形態へと変化し、肋骨の傾斜が急峻になります。高齢者では骨粗鬆症や椎体の圧迫骨折により後弯が増強し、胸郭の形態が変化することがあります(Sadler, 2018)。
胸郭の開口部の詳細
- 胸郭上口(apertura thoracis superior, thoracic inlet):第1胸椎の椎体上縁、第1肋骨の内縁、胸骨柄の上縁(jugular notch)によって囲まれる腎臓形の開口部です。前下方に約60度傾斜しており、前後径約5cm、横径約10cmを示します(Moore et al., 2018)。この開口部を通過する構造には、気管、食道、胸管、交感神経幹、腕神経叢の根、頸動脈、鎖骨下動静脈などがあり、臨床的に胸郭出口症候群(thoracic outlet syndrome)の理解に重要です(Standring, 2020)。
- 胸郭下口(apertura thoracis inferior, thoracic outlet):第12胸椎の椎体、第11-12肋骨、肋骨弓(第7-10肋軟骨が融合して形成)、剣状突起によって囲まれる不整形の開口部です。この開口部は横隔膜によって閉鎖されており、横隔膜には大動脈裂孔(第12胸椎レベル)、食道裂孔(第10胸椎レベル)、大静脈孔(第8胸椎レベル)などの開口があります(Drake et al., 2020)。
重要な解剖学的指標と臨床的意義
- 胸骨下角(angulus infrasternalis, infrasternal angle):左右の肋骨弓が剣状突起下端で合する角度で、通常70-110度を示します(Standring, 2020)。この角度は体型により変化し、無力型では鋭角、肥満型では鈍角を示します。臨床的には、COPDなどの閉塞性肺疾患で胸郭の過膨張により開大し(120度以上)、拘束性肺疾患では狭小化することがあります。胸郭の形態評価や肝臓・脾臓の触診の際の重要な指標となります(De Troyer and Boriek, 2011)。
- 肋間隙(spatium intercostale, intercostal space):隣接する肋骨間の11個の間隙で、肋間筋(外肋間筋、内肋間筋、最内肋間筋)、肋間神経(胸神経の前枝)、肋間動脈(後肋間動脈と前肋間動脈)、肋間静脈が走行します。下方の肋間隙ほど幅が広くなる傾向があります。臨床的には、胸腔穿刺や胸腔ドレーン挿入の際、神経血管束を避けるため肋骨上縁に沿って穿刺することが重要です(Moore et al., 2018)。第2肋間隙は胸骨角(angle of Louis)のレベルにあり、心音聴診や中心静脈圧測定の際の重要な解剖学的指標です。
- 胸骨角(angulus sterni, sternal angle, angle of Louis):胸骨柄と胸骨体の接合部に形成される前方凸の角度で、第2肋骨が付着する重要な体表指標です。このレベルは第4-5胸椎間に相当し、気管分岐部、大動脈弓、肺動脈分岐部、上大静脈の心臓への流入部などの重要な解剖学的構造のレベルに対応します(Drake et al., 2020)。
- 肋骨角(angulus costae, costal angle):肋骨の後外側部で肋骨頸と肋骨体の接合部に形成される角度で、肋骨が最も急に方向を変える部位です。この部位は肋骨骨折の好発部位であり、脊柱起立筋群の付着部でもあります(Standring, 2020)。
- 肺溝(sulcus pulmonalis):胸郭後面、肋骨角付近の縦走する浅い溝で、肺の後縁が収まる部位です。背部の打診や聴診の際の解剖学的指標となります(Standring, 2020)。
呼吸運動における機能の詳細