下椎切痕 Incisura vertebralis inferior
下椎切痕は、椎骨の椎弓根下面に形成される半月状の凹みであり、脊柱の解剖学的構造において重要な役割を果たします(Standring, 2021)。

J0116 (椎骨:頭蓋骨側からの図)
J0117 (椎骨:右方からの図)

J0127 (第6胸椎:右側からの図)

J0129 (第3腰椎:上方からの図)
解剖学的特徴:
- 椎骨の椎弓根(pedicle)の下面から椎体後外側部にかけて連続的に広がる、滑らかな凹状の解剖学的構造です。
- 形状と深さは椎骨の部位によって異なり、頸椎では比較的浅く、胸椎と腰椎ではより深い形状を示します(Gray and Lewis, 2020)。
- 形態計測学的には、成人の腰椎では平均幅約8-10mm、深さ約4-6mmの範囲を示します(Panjabi and White, 2001)。
- 組織学的には、下椎切痕の表面は薄い骨膜と線維性結合組織で覆われており、隣接する血管や神経との接触面を形成しています(Moore et al., 2018)。
- 椎弓根の下縁は、椎体の後外側部分と連続しており、この部分の骨皮質は比較的薄く、骨梁構造が緻密です(Bogduk, 2012)。
機能的意義:
- 上位椎骨の下椎切痕と下位椎骨の上椎切痕(superior vertebral notch)が合わさることで椎間孔(foramen intervertebrale)を形成します(Cramer and Darby, 2017)。
- 椎間孔は、脊髄神経根(anterior and posterior nerve roots)、脊髄神経節(spinal ganglion)、硬膜外静脈叢(epidural venous plexus)、脊髄動脈枝(spinal artery branches)、椎間動脈枝、静脈枝、リンパ管などの重要な神経血管構造の通路となります(Standring, 2021)。
- 椎間孔の形態と大きさを決定する重要な要素であり、特に頸椎と腰椎では神経圧迫の病態に深く関連します(Bogduk, 2012)。
- 脊柱の可動性において、椎間関節の動きに伴い、椎間孔の形状が動的に変化する際の基準点となります(Panjabi and White, 2001)。
臨床的意義:
- **椎間孔狭窄症:**脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニアなどの病態では、椎間孔の狭小化が起こり、下椎切痕と上椎切痕の間を通過する神経根の圧迫症状(神経根症)を引き起こすことがあります。これにより、放散痛、感覚障害、筋力低下などの神経学的症状が出現します(Kirkaldy-Willis and Bernard, 2018)。
- **変性疾患:**加齢や変性疾患により、下椎切痕周囲に骨棘(osteophyte)が形成されると、椎間孔の狭窄につながり、神経根症状の原因となります。特に、椎間関節の変形性関節症や椎弓根の肥厚は椎間孔の前後径および上下径を減少させます(Mayer and Heider, 2019)。
- **外科的アプローチ:**椎弓切除術(laminectomy)や椎間孔拡大術(foraminotomy)などの際に、下椎切痕の形態と位置を正確に理解することが重要となります。特に、最小侵襲脊椎外科手術(minimally invasive spine surgery)では、下椎切痕を指標として椎弓根スクリュー挿入の際の解剖学的ランドマークとして使用されます(Benzel, 2022)。
- **画像診断:**CT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)では、下椎切痕の形態と椎間孔の狭窄度を評価することで、神経根圧迫の程度を判定します。矢状断像では椎間孔の前後径、軸位断像では上下径と外側径の評価が可能です(Cramer and Darby, 2017)。
- **脊椎腫瘍:**下椎切痕周辺に発生する腫瘍(神経鞘腫、髄膜腫など)は、椎間孔を拡大させ、特徴的な「砂時計型」の形態を呈することがあります。この所見は画像診断上重要な鑑別点となります(Standring, 2021)。