上顎骨 Maxilla
上顎骨は、顔面頭蓋の中央に位置する不規則な形状を持つ含気骨であり、顔面中部の骨格を形成する最も重要な構成要素の一つです(Standring, 2020)。左右一対で存在し、正中で互いに結合することで顔面の構造的安定性を提供しています。発生学的には膜性骨化によって形成され、出生後も顔面の成長発育において中心的な役割を果たし続けます(Berkovitz et al., 2018)。

J0047 (右の涙骨:外側からの図)

J0048 (右の涙骨:内側からの図)

J0053 (右上顎骨:外側からの図)

J0054 (上顎骨:内面からの図)

J0055 (上顎骨:下からの左右両方の結合した図)

J0056 (右の口蓋骨:内側からの図)

J0094 (頭蓋骨の前頭断、後方からの図)

J0647 (3〜4歳の子供の乳歯が付いた上顎骨)

J0908 (右眼窩と右上顎神経:右側からの図)

J1068 (自由に剖出された外側の鼻の軟骨:右前方からの図)
解剖学的構造
基本構造
- 左右の上顎骨は正中面で前鼻棘(spina nasalis anterior)の部分で縫合によって強固に結合し、眼窩底の大部分、鼻腔の外側壁、硬口蓋の前方約3/4を形成します(Drake et al., 2019)。
- 主部である上顎体(corpus maxillae)は四角錐状の空洞構造を呈し、その内部には副鼻腔の中で最大容積を持つ上顎洞(sinus maxillaris)が存在します(Netter, 2018)。上顎体は4つの面(前面、眼窩面、鼻面、側頭下面)を持ち、それぞれ重要な解剖学的構造を含んでいます(Standring, 2020)。
4つの主要突起
- 前頭突起(processus frontalis):
- 上顎体の上内側角から上方に向かって伸展し、前頭骨の鼻部および鼻骨と接合します(Moore et al., 2021)。
- 内側面には前涙嚢稜(crista lacrimalis anterior)が存在し、鼻涙管の外側壁の形成に関与します(Standring, 2020)。
- この突起の形態は、鼻根部の外観形成に重要な役割を果たしています(Fehrenbach and Herring, 2020)。
- 頬骨突起(processus zygomaticus):
- 上顎体の外側上角から外側方向に突出し、頬骨の上顎突起と結合して頬骨上顎縫合(sutura zygomaticomaxillaris)を形成します(Moore et al., 2021)。
- この連結により顔面の側方輪郭が形成され、咀嚼力の伝達経路としても機能します(Drake et al., 2019)。
- 頬骨弓の一部を構成し、顔面の構造的強度を高めています(Standring, 2020)。
- 口蓋突起(processus palatinus):
- 上顎体の内側下方から水平に内方へ伸展し、正中で対側の口蓋突起と結合して正中口蓋縫合(sutura palatina mediana)を形成します(Drake et al., 2019)。
- 硬口蓋(palatum durum)の前方約3/4を構成し、後方では口蓋骨の水平板と横口蓋縫合(sutura palatina transversa)で連続します(Netter, 2018)。
- 上面は鼻腔底を、下面は口腔天井を形成し、呼吸と摂食の機能分離に不可欠な構造です(Fehrenbach and Herring, 2020)。
- 前方正中部には切歯孔(foramen incisivum)が存在し、鼻口蓋神経と血管が通過します(Moore et al., 2021)。
- 歯槽突起(processus alveolaris):
- 上顎体の下縁から下方に突出し、U字形の歯槽弓(arcus alveolaris)を形成します(Fehrenbach and Herring, 2020)。
- 通常8個の歯槽窩(alveoli dentales)を含み、上顎歯(中切歯、側切歯、犬歯、第一小臼歯、第二小臼歯、第一大臼歯、第二大臼歯、第三大臼歯)を保持します(Drake et al., 2019)。
- 各歯槽窩は骨中隔(septa interalveolaria)によって区分され、歯根の形態に対応した形状を呈します(Standring, 2020)。
- 歯槽突起の高さと形態は歯の存在に依存し、無歯顎では著しく吸収されます(Misch, 2020)。
重要な解剖学的構造
- 上顎洞(sinus maxillaris):
- 副鼻腔の中で最大の含気腔で、成人では容積約15mlに達します(Netter, 2018)。
- 錐体状の形態を呈し、底部(base)は鼻腔側壁に、尖端(apex)は頬骨突起に向かいます(Standring, 2020)。
- 中鼻道(meatus nasi medius)の篩骨漏斗部(infundibulum ethmoidale)を経由して上顎洞口(ostium maxillare)で開口します(Drake et al., 2019)。
- 洞底部は歯槽突起に近接しており、特に第一・第二大臼歯および第二小臼歯の歯根尖との距離が近いため、歯性感染が洞内に波及しやすい解剖学的特徴があります(Cantín et al., 2021)。
- 洞粘膜は呼吸上皮(線毛円柱上皮)で覆われ、粘液の輸送方向は自然口に向かいます(Hupp et al., 2018)。
- 眼窩下溝・管・孔(sulcus, canalis et foramen infraorbitale):
- 眼窩下溝は眼窩面の後方で始まり、前方に進むにつれて眼窩下管となり、最終的に顔面の眼窩下孔で開口します(Standring, 2020)。
- 眼窩下孔は犬歯窩の上方、眼窩下縁の約1cm下方に位置し、瞳孔線の延長上にあります(Moore et al., 2021)。
- この管を通じて眼窩下神経(nervus infraorbitalis:三叉神経第2枝である上顎神経の終枝)と眼窩下動脈が走行し、下眼瞼、鼻翼、上唇の感覚支配を行います(Drake et al., 2019)。
- 眼窩下管の走行中に上歯槽神経(nervi alveolares superiores)の前枝と中枝が分岐します(Fehrenbach and Herring, 2020)。
- 切歯管・孔(canalis et foramen incisivum):
- 硬口蓋の前方正中部に位置し、口蓋と鼻腔を連絡します(Drake et al., 2019)。
- 鼻口蓋神経(nervus nasopalatinus)と大口蓋動脈の鼻中隔枝(rami septales)が通過し、硬口蓋前部の感覚と血液供給を担います(Moore et al., 2021)。
- 胎生期には左右の口蓋突起の癒合部として重要で、口蓋裂の好発部位でもあります(Berkovitz et al., 2018)。
- 犬歯窩(fossa canina):
- 上顎体の前面で、犬歯歯根の上方に位置する浅い陥凹です(Standring, 2020)。
- 上唇挙筋(musculus levator labii superioris)の起始部となり、表情筋の付着部位として機能的に重要です(Fehrenbach and Herring, 2020)。
- 上顎洞前壁の最薄弱部であり、Caldwell-Luc手術などの上顎洞手術のアプローチ部位として利用されます(Dedhia et al., 2021)。
血管支配と神経支配
- 動脈供給:
- 上顎動脈(arteria maxillaris)の枝である眼窩下動脈、上歯槽動脈(前・中・後)が主要な血液供給源です(Moore et al., 2021)。
- 顔面動脈(arteria facialis)の枝である上唇動脈も前方部の血液供給に関与します(Drake et al., 2019)。
- 大口蓋動脈は口蓋突起の血液供給を担います(Standring, 2020)。
- 静脈還流: