上顎骨 Maxilla
上顎骨は、顔面頭蓋の中央に位置する不規則な形をした含気骨であり、顔の中部の骨格を形成する主要な構成要素です(Standring, 2020)。発生学的には膜性骨化によって形成され、顔面の成長発育において重要な役割を果たします(Berkovitz et al., 2018)。
解剖学的特徴
- 左右の上顎骨は正中面で縫合によって結合し、眼窩底の形成、鼻腔の側壁、骨口蓋の主要部分の構築に関与します(Drake et al., 2019)。
- 主部である体(上顎体 corpus maxillae)は四角錐状の空洞構造で、内部に上顎洞を含みます(Netter, 2018)。
- 4つの主要突起により周囲の骨と連結します:
- 前頭突起(processus frontalis):上方に伸展し、前頭骨および鼻骨と接合。鼻涙管の外側壁の形成に関与します(Standring, 2020)。
- 頬骨突起(processus zygomaticus):外側方向に突出し、頬骨と結合して頬骨弓の一部を形成します(Moore et al., 2021)。
- 口蓋突起(processus palatinus):水平に内方へ伸び、対側と結合して硬口蓋の前方3/4を形成。後方は口蓋骨の水平板と連続します(Drake et al., 2019)。
- 歯槽突起(processus alveolaris):下方に突出し、U字形の歯槽弓を形成。上顎歯(切歯、犬歯、小臼歯、大臼歯)のための歯槽窩を含みます(Fehrenbach and Herring, 2020)。
- 解剖学的に重要な構造:
- 上顎洞(sinus maxillaris):副鼻腔の最大のもので、錐体状の空洞であり、中鼻道に開口しています(Netter, 2018)。
- 眼窩下溝・管(sulcus et canalis infraorbitalis):眼窩底を前方に走行し、眼窩下孔に至ります(Standring, 2020)。
- 眼窩下孔(foramen infraorbitale):眼窩下神経(三叉神経第2枝の分枝)と血管の通路となり、顔面の感覚に重要です(Moore et al., 2021)。
- 切歯管(canalis incisivus):口蓋の前方に位置し、鼻口蓋神経と大口蓋動脈の終枝が通ります(Drake et al., 2019)。
臨床的意義
- Le Fort骨折:顔面外傷時の上顎骨骨折パターンで、I型(水平)、II型(ピラミッド状)、III型(頭蓋顔面解離)に分類されます(Bagheri et al., 2022)。
- 上顎洞炎:上顎洞の感染で、歯性感染や鼻腔からの感染波及により生じることがあります(Hupp et al., 2018)。
- 上顎悪性腫瘍:扁平上皮癌や腺様嚢胞癌などが発生し、早期に眼窩や頭蓋底へ浸潤する可能性があります(Myers and Ferris, 2020)。
- 上顎骨形成術:顎変形症の治療や審美的目的で行われる外科的手術です(Proffit et al., 2019)。
- 歯科インプラント治療:歯の欠損部位に対して上顎骨に人工歯根を埋入する処置で、上顎洞との位置関係が重要となります(Misch, 2020)。
上顎骨は咀嚼機能の支持だけでなく、呼吸、発声、嚥下、顔面表情など多くの生理的機能に関与しており、顔面の外観形成にも大きく貢献しています(Fehrenbach and Herring, 2020)。また、血管・神経の走行路としても重要な解剖学的意義を持っています(Standring, 2020)。
参考文献
- Bagheri, S.C., Bell, R.B. and Khan, H.A. (2022) Current Therapy in Oral and Maxillofacial Surgery, 3rd ed. Elsevier.
- Berkovitz, B.K.B., Holland, G.R. and Moxham, B.J. (2018) Oral Anatomy, Histology and Embryology, 5th ed. Elsevier.
- Drake, R.L., Vogl, A.W. and Mitchell, A.W.M. (2019) Gray's Anatomy for Students, 4th ed. Elsevier.
- Fehrenbach, M.J. and Herring, S.W. (2020) Illustrated Anatomy of the Head and Neck, 5th ed. Elsevier.
- Hupp, J.R., Ellis, E. and Tucker, M.R. (2018) Contemporary Oral and Maxillofacial Surgery, 7th ed. Elsevier.