涙骨 Os lacrimale
涙骨は顔面頭蓋を構成する重要な骨で、解剖学的特徴と臨床的意義を持っています(Gray and Lewis, 2020; Drake et al., 2019):
解剖学的特徴
- 左右1対の不規則な長方形の薄い骨で、手指の爪に似た形をしていますが、さらに薄く、頭蓋骨の中で最も小さく脆弱な骨の一つです(Standring, 2021)。
- 厚さはわずか0.5mm程度で、平均サイズは縦15mm×横10mm程度です(Moore et al., 2018)。
- 眼窩の内側壁の前部と鼻涙管の骨壁の一部を形成し、涙液排出系の骨性保護に重要な役割を果たします(Netter, 2019)。
- 解剖学的に重要な2つの部分に分けられます:
- 眼窩部(pars orbitalis):外側に位置し、眼窩内面を形成
- 涙嚢部(pars lacrimalis):内側に位置し、涙嚢窩を形成
- 上顎骨の前頭突起の後方に位置し、前頭骨、篩骨(篩骨眼窩板)、上顎骨、下鼻甲介と縫合しています(Sinnatamby, 2020)。
- 涙稜(crista lacrimalis)という隆起があり、この後方に涙嚢窩(fossa sacci lacrimalis)が形成されます(Standring, 2021)。
- 涙骨溝(sulcus lacrimalis)は鼻涙管の上部を形成し、上顎骨と共に鼻涙管を完成させます(Moore et al., 2018)。
発生と成長
胎生8週頃に結合組織性骨化(膜性骨化)によって形成され始め、出生後も継続的に発達します。完全な骨化は生後5〜6年頃に完了します(Sadler, 2022; Carlson, 2019)。
臨床的意義
- 鼻涙管閉塞:涙骨の異常や損傷により鼻涙管閉塞が生じると、流涙(epiphora)の原因となります(Dutton, 2021)。
- 手術的アプローチ:内視鏡下涙嚢鼻腔吻合術(DCR: dacryocystorhinostomy)の際に重要な解剖学的指標となります(Wormald et al., 2018)。
- 外傷:非常に薄いため、顔面外傷時に容易に骨折しやすく、特に鈍的外傷や眼窩吹き抜け骨折の際に損傷を受けることがあります(Fonseca et al., 2017)。
- 先天異常:稀に先天的欠損や形成不全が見られ、涙液排出系の機能障害を引き起こすことがあります(Snell and Lemp, 2019)。
涙骨は小さいながらも、眼窩構造の支持と涙液排出路の形成において重要な機能を果たしており、眼科領域と耳鼻咽喉科領域の両方で臨床的に重要な意義を持っています(Drake et al., 2019; Netter, 2019)。
参考文献
- Carlson, B.M. (2019) Human Embryology and Developmental Biology. 6th edn. Philadelphia: Elsevier.