鼓室 Cavitas tympani

J1020 (右の外耳および中耳の概要:前外側からの図)

J1027 (右外耳道に垂直な断面:前方からの図)

J1028 (右外耳道の水平断面:上方からの図)

J1029 (右の鼓膜に垂直な断面:前面からの図)

J1032 (鼓膜を取り除いた後の右鼓室の耳小骨:外側から前下方からの図)

J1042 (右の鼓室の内側壁:外側からの図)

J1061 (右の骨迷路と膜迷路の模式図)
1. 解剖学的構造
1.1 位置と大きさ
鼓室は側頭骨岩様部の錐体内に位置する不規則な空気腔で、横径約15mm、高さ約15mm、前後径約6mmの大きさを持つ(Standring, 2020)。外側は鼓膜によって外耳道と隔てられ、内側は内耳の前庭窓と蝸牛窓に面し、前方は耳管を介して咽頭(特に鼻咽腔)と連続している。
1.2 耳小骨連鎖
鼓室内には音の伝導に不可欠な三つの耳小骨(ツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨)が連鎖状に配列され、鼓膜から内耳への音響エネルギーの効率的な伝達と増幅を担っている(Drake et al., 2019)。これらの耳小骨は靭帯によって支持され、二つの小さな筋肉(鼓膜張筋と鐙骨筋)による制御を受ける。これらの筋肉は大きな音に反応して収縮し、耳小骨の動きを制限することで内耳を保護する役割がある(Moore et al., 2022)。
1.3 鼓室の壁
鼓室の各壁は周囲の重要な構造物と隣接しており、解剖学的・臨床的に重要な意義を持つ(Gulya et al., 2021):
- 上壁(天蓋、tegmen tympani):薄い骨壁を介して中頭蓋窩の硬膜と接している。重症な中耳炎が髄膜炎や硬膜外膿瘍を引き起こす経路となりうる。
- 下壁(頸静脈窩、paries jugularis):骨壁を隔てて内頚静脈球(頚静脈上球)に面している。先天的に骨欠損がある場合や骨侵食性疾患では血管性耳鳴の原因となることがある。
- 前壁(頸動脈壁、paries caroticus):耳管鼓室口があり、内頚動脈管と隣接している。この部位の外科的処置には注意が必要である(Marchioni et al., 2020)。
- 内側壁(迷路壁、paries labyrinthicus):最も複雑な壁で、蝸牛の外側壁である岬角(promontorium)を中心に、卵円窓(前庭窓)、正円窓(蝸牛窓)、顔面神経管の隆起などが観察される。内視鏡的観察により、この壁の微細構造に関する詳細な知見が得られている(Marchioni et al., 2020)。
- 後壁(乳突壁、paries mastoideus):乳突洞入口(副鼓室、aditus ad antrum)があり、顔面神経の下降部、鐙骨筋腱、外側半規管隆起などが位置する。
- 外側壁(膜壁、paries membranaceus):主に鼓膜によって構成され、上部に上鼓室(上鼓室窩、epitympanum)が存在する。
1.4 神経走行
鼓室内には顔面神経(第VII脳神経)の鼓室部が走行し、鼓索神経(chorda tympani)を分枝している(Moore et al., 2022)。顔面神経は内側壁を横走した後、後壁で下降に転じ、鼓索神経はツチ骨柄とキヌタ骨長脚の間を通過して前方へ向かう。
2. 臨床的意義
2.1 中耳炎
鼓室は中耳炎の主要な発生部位である。急性中耳炎では、通常、鼻咽腔からの病原体が耳管を通して鼓室に達し、粘膜の炎症と浸出液の貯留を引き起こす(Probst et al., 2018)。炎症が拡大すると、乳突洞を通じて乳突蜂巣へ波及(乳突炎)したり、錐体尖方向へも拡大(錐体尖炎)したりすることがある。慢性化すると、耳小骨の癒着や固着による伝音難聴や、まれに内耳への炎症波及による感音難聴を引き起こす可能性がある(Gulya et al., 2021)。