乳突孔(側頭骨の)Foramen mastoideum
側頭骨の乳突孔は、頭蓋底解剖学において重要な構造であり、血管通路としての機能と顕著な形態学的変異を特徴とする。本項では、解剖学的詳細と臨床的意義について包括的に解説する。

J0026 (右の側頭骨:外側からの図)

J0027 (側頭骨:内上方からの図)

J0081 (外頭蓋底:筋の起こる所と着く所を示す図)

J0460 (短い頚部の筋:後方からの図)
1. 解剖学的特徴
1.1 位置と形態
- **位置:**乳突孔は乳様突起の後方に位置する小孔で、通常は側頭骨乳様部と後頭骨の間、後頭乳突縫合線(sutura occipitomastoidea)の近傍に形成される (Standring, 2020)。
- **大きさ:**直径は約1〜2.5mmと小さく、肉眼解剖では見落とされやすい。CT・MRI画像診断により正確な評価が可能である (Kim et al., 2014)。
- **形状:**多くは円形ないし楕円形を呈するが、不整形のものも存在する。孔の形状は通過する血管の太さと発達程度に依存する。
1.2 解剖学的変異
- **出現頻度:**乳突孔の出現率は人種・集団により異なり、約83.5%の頭蓋に認められる。約16.5%の症例では完全に欠如している (Sharma et al., 2013)。
- **数:**単一孔が最も多いが、複数孔(2〜3個)存在する症例も報告されている。左右差も顕著である。
- **存在部位の変異:**主に側頭骨乳様部に位置するが、約7.8%の症例では後頭乳突縫合部や後頭骨側に出現する (Murlimanju et al., 2015)。
- **非対称性:**左右の大きさ・位置・出現パターンに非対称性が認められることが多く、これは血管発達の左右差を反映している。
1.3 通過構造
- **乳突導出静脈(mastoid emissary vein):**頭蓋内のS状静脈洞(sinus sigmoideus)と頭蓋外の後頭静脈(vena occipitalis)または後耳介静脈(vena auricularis posterior)を連絡する静脈で、乳突孔の主要な通過構造である (Reis et al., 2007)。
- **乳突栄養動脈:**後頭動脈(arteria occipitalis)または後耳介動脈(arteria auricularis posterior)の枝が乳突孔を通過し、硬膜および乳様部骨質に栄養を供給する。
- **小神経枝:**症例によっては、小さな神経枝が伴走することがある。
2. 機能と生理学的意義
2.1 静脈系の機能
- **頭蓋内外連絡:**乳突導出静脈は頭蓋内のS状静脈洞と頭蓋外の後頭静脈系を連絡し、頭蓋内静脈血の副側循環路(collateral pathway)として機能する (San Millán Ruíz et al., 2012)。