側頭下稜(蝶形骨の)Crista infratemporalis (Ossis sphenoidalis)

J0024 (蝶形骨:前方からの図)

J0088 (右側の側頭窩:外側からの図)
定義と位置
側頭下稜は、蝶形骨大翼(ala major ossis sphenoidalis)の側頭下面(facies infratemporalis)に位置する骨性の隆起線です。この稜は、側頭面と側頭下面を区分する重要な解剖学的境界として機能します (Gray and Carter, 2024)。
詳細な解剖学的特徴
- **位置関係:**側頭下稜は蝶形骨大翼の外側面を横走し、側頭窩(fossa temporalis)と側頭下窩(fossa infratemporalis)の境界を形成します (Standring, 2021)。この稜より上方が側頭窩、下方が側頭下窩となります。
- **筋付着部:**側頭下稜の上方には側頭筋(musculus temporalis)の一部が付着し、下方の側頭下面には外側翼突筋上頭(caput superius musculi pterygoidei lateralis)が起始します (Netter, 2023)。この配置により、咀嚼運動における重要な力学的支点となっています。
- **神経血管構造:**側頭下面には、卵円孔(foramen ovale)が開口し、下顎神経(nervus mandibularis, V3)とその枝である頬神経、舌神経、下歯槽神経が通過します。また、棘孔(foramen spinosum)からは中硬膜動脈(arteria meningea media)が頭蓋内へ入ります (Moore et al., 2018)。
- **翼突筋窩との連続性:**側頭下面は内側で翼突筋窩(fossa pterygoidea)へと連続し、ここには外側翼突筋下頭(caput inferius musculi pterygoidei lateralis)と内側翼突筋(musculus pterygoideus medialis)が起始します (Standring, 2021)。
- **顎動脈の走行:**顎動脈(arteria maxillaris)は側頭下窩内を走行し、下顎神経の枝と並走しながら、咀嚼筋、歯、顔面深部組織へ血液を供給します (Norton, 2017)。
臨床的意義と応用
- **局所麻酔:**歯科治療における下顎神経ブロック(mandibular nerve block)や翼口蓋窩ブロック(pterygopalatine fossa block)を施行する際、側頭下稜と側頭下面の解剖学的理解は不可欠です。針の刺入方向と深度を決定する重要な指標となります (Malamed, 2013)。
- **外科的アプローチ:**側頭下窩へのアプローチが必要な手術(腫瘍摘出、外傷修復、血管奇形の治療など)において、側頭下稜は重要なランドマークとして使用されます。特に、経側頭下窩アプローチ(infratemporal fossa approach)では、この構造を基準に手術計画が立てられます (Ellis and Zide, 2019)。
- **顎関節障害:**顎関節症(temporomandibular disorders, TMD)の診断と治療において、側頭筋と外側翼突筋の機能異常を評価する際、これらの筋の起始部である側頭下稜周囲の解剖を理解することが重要です (Okeson, 2020)。筋スパズムや圧痛点の位置を特定する際の解剖学的指標となります。
- **画像診断:**CT、MRIによる頭蓋底の画像診断において、側頭下稜は側頭窩と側頭下窩を区別し、病変の局在を正確に記述するための重要な解剖学的基準点です (Moore et al., 2018)。
- **神経痛の診断:**三叉神経痛、特に下顎神経領域の疼痛の診断において、側頭下窩内の神経走行と周囲構造の関係を理解することが重要です (Norton, 2017)。
機能解剖学
側頭下稜は、咀嚼筋の機能において重要な役割を果たします。側頭筋は下顎骨を挙上・後退させ、外側翼突筋は下顎骨を前方・側方へ移動させます。これらの筋の起始部である側頭下稜とその周囲は、咀嚼運動における力学的支点として機能し、下顎骨の複雑な三次元的運動を可能にしています (Okeson, 2020)。また、三叉神経の分枝と顎動脈の走行が密接に関連しており、顎顔面領域の感覚と血液供給において中心的な役割を担っています (Norton, 2017)。
参考文献
- Ellis, E. and Zide, M.F. (2019) Surgical Approaches to the Facial Skeleton, 3rd ed. Philadelphia: Lippincott Williams & Wilkins.——顔面骨格への外科的アプローチを詳述した標準的教科書で、側頭下窩アプローチを含む各種手術手技の解剖学的基盤を提供します。