蝶形骨体 Corpus (Ossis sphenoidalis)
蝶形骨体は、頭蓋底の中心に位置する重要な骨構造です。発生学的には軟骨内骨化により形成され、頭蓋内の重要な神経・血管構造を保護します (Standring et al., 2021)。以下、その解剖学的特徴と臨床的意義について詳述します。

J0023 (蝶形骨:上方からの図)

J0024 (蝶形骨:前方からの図)

J0044 (篩骨、垂直板:左方からの図)

J0051 (鋤骨:左方からの図)
J0052 (鋤骨:前面からの図)

J0085 (内頭蓋底、アノテーション付き)

J0089 (右の翼口蓋窩、外側からの図)

J0093 (右の眼窩の下部の壁、上方からの図)

J0605 (右側の海綿静脈洞の冠状断面:背面からの図)
解剖学的特徴
- トルコ鞍 (Sella turcica)
- 上面中央部に位置し、下垂体窩 (Fossa hypophysialis) を形成します (Moore et al., 2023)。
- 前方は鞍結節 (Tuberculum sellae)、後方は鞍背 (Dorsum sellae) により境界されます。
- 下垂体前葉・後葉を収容し、硬膜により覆われています。
- 蝶形骨洞 (Sinus sphenoidalis)
- 骨体内部に存在する含気腔です (Netter, 2023)。
- 中鼻甲介上方の蝶篩陥凹に開口します。
- 左右の洞は中隔により分離されています。
- 翼突突起 (Processus pterygoideus)
- 下面から下方に延びる突起です。
- 内側板と外側板に分かれ、その間に翼突窩を形成します (Drake et al., 2020)。
周囲の重要構造物
- 海綿静脈洞 (Sinus cavernosus)
- 両側に位置し、内頸動脈と脳神経 (III、IV、V1、V2、VI) を含みます (Sinnatamby, 2022)。
- 硬膜静脈洞の一つとして、重要な静脈還流路となります。
- 視神経管 (Canalis opticus)
- 小翼基部を通過し、視神経 (CN II) と眼動脈を収容します。
- 骨折により視神経障害を引き起こす可能性があります (Som and Curtin, 2022)。
臨床的意義
- 下垂体腫瘍
- トルコ鞍の拡大や破壊を引き起こす可能性があります (Laws et al., 2021)。
- 経蝶形骨洞手術による腫瘍摘出が標準的アプローチとなります。
- 頭蓋底骨折
- 髄液漏や気脳症のリスクがあります。
- 海綿静脈洞損傷による致命的な出血の可能性があります (Winn, 2022)。
- 副鼻腔炎
- 蝶形骨洞炎による頭痛や視覚障害が生じることがあります。
- 周囲への炎症波及により、髄膜炎や海綿静脈洞血栓症を引き起こす可能性があります。
蝶形骨体は、その解剖学的位置と周囲の重要構造物との関係から、神経外科、耳鼻咽喉科、頭頸部外科領域において特に重要な骨構造です。手術アプローチの計画や病態の理解には、これらの解剖学的知識が不可欠となります。
参考文献
- Drake, R.L., Vogl, W. and Mitchell, A.W.M. (2020) Gray's Anatomy for Students, 4th ed. Philadelphia: Elsevier.―医学生向けの解剖学教科書として広く使用されており、蝶形骨を含む頭蓋骨の詳細な記述と豊富な図解を提供しています。臨床的関連性を重視した構成が特徴です。
- Laws, E.R., Lanzino, G. and Katznelson, L. (2021) Pituitary Surgery: A Modern Approach. Basel: Karger.―下垂体手術における最新の技術と知見をまとめた専門書で、経蝶形骨洞アプローチの詳細な手技と解剖学的考察を含んでいます。
- Moore, K.L., Dalley, A.F. and Agur, A.M.R. (2023) Clinically Oriented Anatomy, 9th ed. Philadelphia: Wolters Kluwer.―臨床医学との関連を重視した解剖学の定番教科書で、蝶形骨の構造と臨床的意義について詳細に解説しています。
- Netter, F.H. (2023) Atlas of Human Anatomy, 8th ed. Philadelphia: Elsevier.―精密な解剖図で知られる解剖学アトラスの最新版で、蝶形骨の多角的な視点からの図解を提供しています。