後頭鱗(後頭骨の)Squama occipitalis
後頭骨の後頭鱗は、後頭骨の主要部分であり、解剖学的特徴と臨床的意義を持つ重要な構造です(Gray and Lewis, 2020):
解剖学的特徴
- 位置と構造:大後頭孔の後方に位置する広く扁平な骨部で、脳幹と脊髄の移行部を保護します(Standring, 2020)。その厚さは部位により異なり、外後頭隆起付近で最も厚くなります。
- 骨の境界:上部はラムダ縫合を介して両側の頭頂骨と接し、側方では側頭骨の乳様部および星状縫合と接合します(Moore et al., 2022)。
- 外側面の構造:
- 外後頭隆起(protuberantia occipitalis externa):後頭骨の外面中央に位置する隆起で、項靱帯の付着部となります(Sinnatamby, 2019)。
- 上・下項線(linea nuchae superior et inferior):筋肉付着部として重要で、上項線には僧帽筋と頭板状筋が、下項線には大・小後頭直筋が付着します(Netter, 2021)。
- 外後頭稜(crista occipitalis externa):外後頭隆起から大後頭孔に向かって伸びる正中の隆起で、項靱帯の付着部となります(Standring, 2020)。
- 内側面の特徴:
- 十字隆起(eminentia cruciformis):内側面の中央に位置し、4つの溝(上矢状洞溝、横静脈洞溝)によって形成されます(Moore et al., 2022)。
- 内後頭隆起(protuberantia occipitalis interna):十字隆起の中心に位置し、小脳テントの付着部となります(Sinnatamby, 2019)。
- トルクラーヘロフィリ(confluens sinuum):上矢状洞、直静脈洞、両側の横静脈洞が合流する重要な静脈洞交会点です(Tubbs et al., 2018)。
- 後頭窩(fossa occipitalis):十字隆起の下方に位置し、小脳半球を収容します(Netter, 2021)。
発生学的特徴
- 発生起源:後頭鱗上部は膜性骨化により形成される(膜内骨化)のに対し、下部と基底部は軟骨内骨化により形成されます(Sadler, 2019)。この二重の発生起源は、頭蓋発生の理解に重要です。
- 骨化中心:胎生期に複数の骨化中心から発達し、通常は出生前に癒合しますが、癒合不全により縫合過剰骨(頭頂間骨/インカ骨)が形成されることがあります(Manzanares et al., 2020)。
- 年齢による変化:乳幼児期は比較的薄く柔軟性があり、加齢とともに厚みと硬度を増します。高齢者では骨の菲薄化が見られることもあります(O'Rahilly and Müller, 2021)。
臨床的意義
- 外傷と骨折:
- 後頭骨骨折は重篤な頭部外傷の一種で、後頭窩の硬膜外・硬膜下血腫を合併することがあります(Greenberg, 2020)。
- 骨折線が静脈洞(特に横静脈洞)を横切る場合、致命的な静脈洞損傷を引き起こす可能性があります(Winn, 2022)。
- 後頭骨骨折の約5-10%は頭蓋底骨折に及び、脳脊髄液漏や下位脳神経損傷のリスクが高まります(Cohen-Gadol and Spencer, 2019)。
- 発達異常:
- 頭蓋縫合早期癒合症(craniosynostosis):後頭鱗を含む縫合の早期癒合により、頭蓋形態異常(特にラムダ状頭蓋)が生じることがあります(Johnson and Wilkie, 2021)。
- キアリ奇形:後頭骨の形成不全により、小脳扁桃が大後頭孔を通じて脊柱管内に下降する先天異常です。脊髄空洞症を合併することがあります(Tubbs and Oakes, 2018)。
- 頭頂間骨(インカ骨):後頭鱗上部の骨化過程の変異により生じる副骨で、頭部X線検査で骨折と誤認されることがあります。東アジア人に比較的多く見られます(White et al., 2019)。
- 放射線学的意義:
- 後頭骨の硬化性病変(Paget病、線維性骨異形成症など)は特徴的なX線像を呈します(Ropper et al., 2019)。
- 後頭蓋窩腫瘍(聴神経鞘腫、髄膜腫など)は後頭鱗の内板を圧迫・破壊することがあります(Winn, 2022)。
- 転移性腫瘍は骨髄に富む後頭鱗に好発し、溶骨性または造骨性病変として現れます(Mettler and Guiberteau, 2018)。
- 神経外科的意義:
- 後頭下開頭術において、後頭鱗は主要なアプローチ経路となります(Rhoton, 2020)。
- 大孔減圧術では、後頭鱗下部の一部を切除して頭蓋内圧を軽減します(Greenberg, 2020)。
- 後頭-頸椎固定術では、後頭鱗に固定用スクリューを挿入することがあります(Steinmetz et al., 2019)。
参考文献
- Cohen-Gadol, A.A. and Spencer, D.D. (2019) 'Neurosurgical operative anatomy of the skull base', Neurosurgery, 85(2), pp. E223-E225.
- Gray, H. and Lewis, W.H. (2020) 'Gray's Anatomy: The Anatomical Basis of Clinical Practice', 42nd edn. Elsevier.
- Greenberg, M.S. (2020) 'Handbook of Neurosurgery', 9th edn. Thieme Medical Publishers.