内頭蓋底 Basis cranii interna

J0084 (内頭蓋底)

J0085 (内頭蓋底、アノテーション付き)
定義と概要
内頭蓋底(Basis cranii interna)は、頭蓋腔(cranial cavity)の底部を形成する骨性構造物の内面であり、脳実質を直接支持する重要な解剖学的基盤です。頭蓋骨の内側から観察される面として、脳の各部位に対応した複雑な凹凸と多数の孔・裂孔を有し、脳神経や血管の通過路を提供しています(Gray et al., 2020; Standring, 2021)。
解剖学的構造
1. 三層構造による区画
内頭蓋底は前方から後方に向かって段階的に深くなる三層の階段状構造を呈します。この配置により、前頭葉、側頭葉、小脳・脳幹といった脳の各部位が適切に収容されます(Rhoton, 2022)。
- 前頭蓋窩(Fossa cranii anterior)
- 位置:頭蓋底の最前部、最も高位に位置します。
- 構成骨:前頭骨眼窩部(Pars orbitalis ossis frontalis)、篩骨篩板(Lamina cribrosa ossis ethmoidalis)、蝶形骨小翼(Ala minor ossis sphenoidalis)から形成されます(Moore et al., 2018)。
- 収容構造:大脳前頭葉の眼窩面(Facies orbitalis lobi frontalis)を支持します。
- 主要な特徴:
- 正中部に鶏冠(Crista galli)が突出し、大脳鎌前部の付着部となります。
- 篩板には多数の小孔があり、嗅神経線維(Fila olfactoria, CN I)が通過します。
- 前頭骨眼窩部には前頭葉の脳回に対応した指圧痕(Impressiones digitatae)が見られます。
- 中頭蓋窩(Fossa cranii media)
- 位置:前頭蓋窩と後頭蓋窩の間に位置し、蝶形骨を中心として左右に広がる蝶の羽状の形態を呈します。
- 構成骨:蝶形骨体部(Corpus ossis sphenoidalis)、蝶形骨大翼(Ala major ossis sphenoidalis)、側頭骨錐体部前面(Facies anterior partis petrosae ossis temporalis)から形成されます(Drake et al., 2019)。
- 収容構造:大脳側頭葉を支持します。
- 中央部の構造(蝶形骨体部):
- トルコ鞍(Sella turcica):下垂体窩(Fossa hypophysialis)を含み、下垂体(Hypophysis cerebri)を収容します。前方は鞍結節(Tuberculum sellae)、後方は鞍背(Dorsum sellae)で境されます。
- 視神経管(Canalis opticus):視神経(CN II)と眼動脈(Arteria ophthalmica)が通過します。
- 前床突起(Processus clinoideus anterior)と後床突起(Processus clinoideus posterior):テント小脳の付着部となります。
- 外側部の重要な開口部:
- 上眼窩裂(Fissura orbitalis superior):動眼神経(CN III)、滑車神経(CN IV)、眼神経(CN V1)、外転神経(CN VI)、上眼静脈が通過します。
- 正円孔(Foramen rotundum):上顎神経(CN V2)が通過します。
- 卵円孔(Foramen ovale):下顎神経(CN V3)と副髄膜動脈が通過します。
- 棘孔(Foramen spinosum):中硬膜動脈(Arteria meningea media)と髄膜枝が通過します。
- 側頭骨錐体部前面の特徴:
- 三叉神経圧痕(Impressio trigeminalis):三叉神経節(Ganglion trigeminale)が位置します。
- 大錐体神経溝(Sulcus nervi petrosi majoris)と小錐体神経溝(Sulcus nervi petrosi minoris)が走行します。
- 弓状隆起(Eminentia arcuata):前半規管の位置を示します。
- 後頭蓋窩(Fossa cranii posterior)
- 位置:内頭蓋底の最後部かつ最深部に位置します。三つの窩の中で最も広く、最も深い構造です。
- 構成骨:後頭骨(Os occipitale)、側頭骨錐体部後面(Facies posterior partis petrosae ossis temporalis)、蝶形骨体部後下部から形成されます(Netter, 2019)。
- 収容構造:小脳半球(Hemispherium cerebelli)、橋(Pons)、延髄(Medulla oblongata)を支持します。
- 主要な構造:
- 斜台(Clivus):蝶形骨体部後面(鞍背後面)から後頭骨底部へと続く、下方に傾斜した平坦面です。橋と延髄が接し、脳底動脈(Arteria basilaris)が走行します(Matsushima et al., 2017)。
- 大後頭孔(Foramen magnum):延髄と脊髄の移行部、椎骨動脈、脊髄副神経(CN XI)の脊髄根が通過します。
- 内耳道(Meatus acusticus internus):顔面神経(CN VII)、内耳神経(CN VIII)、内耳動脈が通過します。
- 頸静脈孔(Foramen jugulare):舌咽神経(CN IX)、迷走神経(CN X)、副神経(CN XI)の延髄根、内頸静脈の起始部が通過します。
- 舌下神経管(Canalis hypoglossi):舌下神経(CN XII)が通過します。
- 横静脈洞溝(Sulcus sinus transversi)とS状静脈洞溝(Sulcus sinus sigmoidei):硬膜静脈洞の走行に対応した深い溝です。
- 内後頭隆起(Protuberantia occipitalis interna):正中部に突出し、小脳テントと大脳鎌が交差する部位です。
2. 各頭蓋窩間の境界
- 前頭蓋窩と中頭蓋窩の境界:蝶形骨稜(Sphenoid ridge)、すなわち蝶形骨小翼後縁によって形成されます。この境界は、前頭葉と側頭葉の解剖学的境界にほぼ対応し、臨床的に重要なランドマークです(Rhoton, 2022)。
- 中頭蓋窩と後頭蓋窩の境界:側頭骨錐体部上縁と鞍背上縁を結ぶ線によって区分されます。小脳テント(Tentorium cerebelli)がこの境界に沿って付着し、テント上腔(大脳を収容)とテント下腔(小脳・脳幹を収容)を分けます。
3. 表面の微細構造
- 指圧痕(Impressiones digitatae)と脳隆起(Juga cerebralia):脳回と脳溝に対応した凹凸が内頭蓋底表面に刻まれています。これは脳実質と頭蓋骨の密接な関係を示します(Osborn, 2020)。
- 顆粒窩(Foveolae granulares):クモ膜顆粒(Granulationes arachnoideales, Pacchioni顆粒)による圧痕で、特に上矢状洞溝周辺に顕著です。これは脳脊髄液の静脈系への吸収部位を示します。
- 血管溝:
- 動脈溝:中硬膜動脈溝(Sulcus arteriae meningeae mediae)は側頭骨鱗部から頭頂骨へ樹枝状に分岐し、硬膜への血液供給を反映します(Haines, 2018)。
- 静脈洞溝:上矢状洞溝(Sulcus sinus sagittalis superioris)、横静脈洞溝、S状静脈洞溝など、主要な硬膜静脈洞に対応した深い溝があります(Linn et al., 2019)。
臨床的意義
1. 頭蓋底骨折
頭蓋底骨折は、骨折部位によって特徴的な臨床症状を呈します(Greenberg, 2021):