


定義と解剖学的位置
口部(Regio oralis)は、顔面の下部1/3を占める解剖学的領域であり、唇と口を含む範囲として定義されます(Standring, 2020)。この領域は、外鼻孔の基底部から下方にオトガイ唇溝(mentolabial sulcus)まで延び、側方では鼻唇溝(nasolabial fold)によって頬部(buccal region)と区別されます(Moore et al., 2018; Netter, 2019)。口部の境界は臨床的に重要であり、特に外科的処置や病変の局在診断において正確な理解が必要とされます(Langdon and Patel, 2016)。
機能的意義
口部は、摂食(mastication and deglutition)、発話(speech articulation)、呼吸の補助、および表情の表現といった、多様な生理学的機能を担う重要な領域です(Drake et al., 2020; Berkovitz et al., 2017)。特に、口輪筋(orbicularis oris muscle)を中心とした表情筋群の協調的な働きにより、これらの機能が実現されています(Iwanaga et al., 2019)。口唇の運動は、顔面神経支配下の複数の表情筋の協調により制御されており、その機能不全は摂食障害や構音障害を引き起こす可能性があります(Moore et al., 2018)。
解剖学的構成要素
口部は以下の主要な構造から構成されます:
神経支配
口部の運動神経支配は顔面神経(第VII脳神経、facial nerve)の頬筋枝(buccal branches)および下顎縁枝(marginal mandibular branch)によって行われます(Netter, 2019; Standring, 2020)。顔面神経麻痺が生じると、口角下垂、口笛を吹く動作の障害、飲水時の水漏れなどの症状が現れます(Moore et al., 2018)。特に、下顎縁枝の損傷は下唇の運動障害を引き起こし、審美的および機能的問題をもたらすため、外科的操作において注意が必要です(Langdon and Patel, 2016)。
感覚神経支配については、三叉神経(第V脳神経、trigeminal nerve)の上顎枝(maxillary division, V2)と下顎枝(mandibular division, V3)が担当します(Standring, 2020)。具体的には、上唇は上顎神経の眼窩下神経(infraorbital nerve)によって、下唇は下顎神経のオトガイ神経(mental nerve)によって感覚が伝達されます(Moore et al., 2018; Netter, 2019)。これらの神経の損傷や圧迫により、口部の感覚障害や疼痛が生じることがあります(Langdon and Patel, 2016)。オトガイ神経は下顎骨のオトガイ孔(mental foramen)から出現し、下唇と頤部の皮膚に分布します(Drake et al., 2020)。
血管系
口部への動脈血供給は、主に外頸動脈(external carotid artery)の枝である顔面動脈(facial artery)から得られます(Standring, 2020)。顔面動脈は下顎骨の前縁を越えて上行し、上唇動脈(superior labial artery)と下唇動脈(inferior labial artery)を分枝します(Drake et al., 2020; Netter, 2019)。これらの動脈は唇内で豊富な血管網を形成し、口唇の栄養と温度調節に寄与します(Moore et al., 2018)。上唇動脈と下唇動脈は正中部で対側の同名動脈と吻合し、口唇の血液供給の冗長性を確保しています(Langdon and Patel, 2016)。また、顔面横動脈(transverse facial artery)も口角付近への血液供給に関与します(Netter, 2019)。
静脈還流は、顔面静脈(facial vein)を介して内頸静脈(internal jugular vein)へと流入します(Standring, 2020)。口部の血管は表層に位置し、外傷時には出血しやすい特徴があります(Moore et al., 2018)。一方で、豊富な血管分布は創傷治癒を促進する利点もあります(Drake et al., 2020)。