後頭部 Regio occipitalis

後頭部は頭蓋の後部を構成する重要な解剖学的領域であり、神経学的・臨床的に多様な意義を持ちます。以下に解剖学的構造と臨床的意義について詳述します。

解剖学的定義と境界：

• 後頭部は後頭骨（os occipitale）に覆われる頭蓋後部領域で、特に外後頭隆起（protuberantia occipitalis externa）を中心とする部位を指します（Gray, 2020）。
• 上方は頭頂部（regio parietalis）、側方は側頭部（regio temporalis）と側頭・頭頂部境界線で接し、下方は頚部（cervix/nucha）との境界を形成します。この境界は上項線（linea nuchae superior）によって明確に定義されます（Moore et al., 2018）。
• 表面解剖学的には、外後頭隆起（inion）が触知可能な指標となり、臨床検査や画像診断の基準点として用いられます（Standring, 2021）。

骨学的構造：

• 後頭骨の構造：後頭骨は頭蓋冠の後部を形成し、鱗部（squama occipitalis）、側頭部（pars lateralis）、底部（pars basilaris）の3部から構成されます。鱗部の外面には外後頭隆起と上項線・下項線（linea nuchae inferior）があり、多数の筋肉が付着します（Drake et al., 2019）。
• 大後頭孔（foramen magnum）：後頭骨底部に位置する大きな開口部で、頭蓋腔と脊柱管を連絡します。ここを通じて延髄（medulla oblongata）と脊髄（medulla spinalis）が移行し、椎骨動脈（arteriae vertebrales）、脊髄副神経（nervus accessorius）、硬膜静脈洞などが通過します（Standring, 2021）。
• 後頭顆（condylus occipitalis）：大後頭孔の両側に位置し、第一頚椎（環椎・atlas）と環椎後頭関節（articulatio atlantooccipitalis）を形成します。この関節は頭部の屈曲・伸展運動（頷き運動）を可能にします（Gray, 2020）。

筋肉の付着と機能：

• 後頭下筋群：後頭骨と上位頚椎の間に位置する深層筋群で、大後頭直筋（musculus rectus capitis posterior major）、小後頭直筋（musculus rectus capitis posterior minor）、上頭斜筋（musculus obliquus capitis superior）、下頭斜筋（musculus obliquus capitis inferior）から構成されます。これらは頭部の微細な姿勢調整と回旋運動に関与します（Clemente, 2010）。
• 表層筋群：僧帽筋（musculus trapezius）は外後頭隆起と上項線から起始し、肩甲骨と鎖骨に停止して頭部の伸展と肩甲骨の運動を制御します。胸鎖乳突筋（musculus sternocleidomastoideus）は側頭骨乳様突起と後頭骨の上項線外側部に付着し、頭部の回旋と側屈に関与します（Moore et al., 2018）。
• 後頭筋（musculus occipitalis）：後頭前頭筋の後部を構成し、上項線と側頭筋膜から起始して帽状腱膜（galea aponeurotica）に停止します。頭皮の後方移動に関与します（Drake et al., 2019）。

血管系：

• 後頭動脈（arteria occipitalis）：外頚動脈から分岐し、後頭部の主要な動脈供給源です。胸鎖乳突筋の深部を上行し、後頭骨の後頭切痕を通過して後頭部頭皮に分布します。筋枝、耳介枝、髄膜枝などを分岐します（Standring, 2021）。
• 椎骨動脈（arteria vertebralis）：鎖骨下動脈から分岐し、頚椎横突孔を上行して大後頭孔から頭蓋内に入ります。後頭部の深層構造と後頭蓋窩の重要な血管供給を担います（Gray, 2020）。
• 静脈系：後頭静脈（vena occipitalis）は後頭動脈に伴行し、内頚静脈または椎骨静脈叢に注ぎます。導出静脈（venae emissariae）を通じて頭蓋内静脈洞と頭蓋外静脈系が交通します（Drake et al., 2019）。

神経支配：

• 大後頭神経（nervus occipitalis major）：第2頚神経後枝（C2）の最大枝で、後頭下筋群の間を通過し、僧帽筋を貫いて外後頭隆起の外側約3cm付近で皮下に出現します。後頭部頭皮の大部分に感覚神経支配を提供します（Ashina et al., 2019）。