RK650(上腕の動脈、掌側)

この動脈は肘窩よりやや上方で上腕動脈から直角に分岐する。尺側上顆の上方で上腕筋の上を内側に進み、上下に向かって付近の筋に枝を与え、尺側上腕筋間中隔を貫き、肘関節動脈網の形成に関与する。

変異:上腕動脈の枝の変異として最も重要なのは、上腕深動脈の起始が多様なことである。この動脈は通常、独立して分岐するが、背側上腕回旋動脈から出ることがある。あるいは背側上腕回旋動脈が上腕深動脈から出ることもある(572頁参照)。

上腕動脈の幹の変異としては、時折、正中神経の後ろではなく前を走行し、その際は正中神経が動脈の後をらせん状に走る。他の例では、多くの哺乳動物に見られる顆上孔を有する場合と同様に、上腕動脈が正中神経とともに顆上突起Processus supracondylicusの後を通って前腕に向かう。この場合、その途中で顆上突起と尺側上顆の間を弓状に張る線維束を貫く。このような例では、顆上突起と弓状線維束の上に円回内筋の起始が上方に伸びている。時に顆上突起が発達していないにもかかわらず、上腕動脈の位置が内側へずれることがある。しかし、弓状の線維束は多少とも強く発達しているのが通常である。

稀に上腕動脈が始まってまもなく2本に分かれ、すぐにこの2本が合して1本の幹となることがある(上腕動脈の島形成Inselbildung)。上腕動脈の正中動脈・尺骨動脈・総骨間動脈への分岐パターンは非常に多様である。正常な場合と異なり、最も頻繁に見られ、同時に最も興味深い変異は、いわゆる上腕動脈の高位分岐hohe Teilungである。

Quainの調査によると、481本の腕のうち387例は正常の位置、すなわち肘関節の下方で分岐していた。ただ1例のみ、いわゆる迷行動脈Vas aberransを伴っているため関係が複雑になり、分岐が著しく遠位にあった。一方、64例では上腕動脈が正常より早く分岐しており、その位置は肘の上方から腋窩までの様々な段階があった。このような分岐パターンの場合、幹から早く分かれて出る枝は4例中3例が橈骨動脈であった。時として早く分かれる枝が尺骨動脈のこともあった。つまり、多くの例では近位で1本の動脈が出るが、これは通常前腕で分岐する橈骨動脈である。そして前腕において幹の続きから尺骨動脈と総骨間動脈が分岐する。これに対し、稀に前腕にある幹から橈骨動脈と総骨間動脈が出て、尺骨動脈だけが上腕で出ることがある。さらに稀に総骨間動脈が上腕で起こる。

高位分岐は多くは上腕の上部1/3で見られるが、それより稀に上腕の下部1/3で見られ、最も稀に上腕の中1/3で見られる。しかし、高位分岐が腋窩動脈の変異と伴って既に腋窩で見られることもある。この場合、上腕の全長にわたって2本の幹が走り、これらの幹から上腕に分布する諸枝が出ている。

E. Müllerは200本の胎児の腕について、そのうちの44例(22%)が高位分岐を示し、また成人については100本の腕のうち14例(14%)で高位分岐を観察している。AdachiはE. Müllerの記録から浅上腕動脈A. brachialis superficialisの出現頻度を計算し、ヨーロッパ人の成体では27%、胎児では38%、日本人では25%であるとしている。

さらに詳しく調べると、橈骨動脈が上腕で起こる場合、しばしば上腕動脈の内側から始まり、その後主幹と共に下方に走る。多くの場合、肘窩では筋膜と皮膚だけに覆われており、稀に筋膜の上にあることさえある。そして、かなり急に他の幹の部分の上を外側に向かって越えて前腕に至る。通常は二頭筋腱膜の上を通るが、高位分岐の橈骨動脈が二頭筋腱膜で覆われることもある。

尺骨動脈が上腕動脈の上部で分岐する枝となっている場合、この尺骨動脈は前腕への走行の間、多くは内側に向かい、上腕骨の尺側上顆に近づく。その際、多くは筋膜のすぐ下を通り屈筋群の前にある。所々で皮下にあり、非常に稀には筋の下にある。1例において尺骨動脈が尺側上顆の後ろで浅層を走っていた。時としてこの動脈が橈骨動脈の前を斜めに通過する。

総骨間動脈は腋窩動脈または上腕動脈から出ている場合、上腕動脈の後方に伴って肘窩に達し、前腕の諸筋の間を経て深層に入り、その正常の位置をとる。橈骨動脈が高位で始まる場合、他の幹をなす部分が正中神経に伴って尺側上腕筋間中隔に沿って尺側上顆に向かって下行し、その後円回内筋の起始部で外側に曲がってこの筋の下に入り、肘窩の中央でその正常の位置をとるようになる。

上腕動脈が最後に分かれて生じる2本の枝が、時として肘窩の近くで横走する1枝によって互いに結合することがある。この枝は大抵、強い方の動脈からより弱い方の動脈に向かっており、その太さや形および位置は様々である。それより稀に、初めに分かれた2枝が再び完全に合して1本となることもある。

迷行動脈Vasa aberrantiaと呼ばれるものは、長くて多くは細い動脈であり、腋窩動脈か上腕動脈から出て前腕にある動脈の1つか、あるいはその枝の1つとつながる。Quainの観察によると、迷行動脈は9例中8例まで橈骨動脈とつながり、稀に尺骨動脈とつながる。この変異は上腕動脈に高位の分岐が起こり、そこで始まった枝が再び横走する吻合枝で互いにつながっている場合に準ずるものと言える。

多くの例で、上肢における高位の分枝は左右同じ関係にはない。Quainによると、上腕動脈の高位分枝を示した61個体のうち43例は左右のうち1側にのみ見られ、13例では両側に見られたがその程度が左右で異なっており、わずか5例のみで左右が同じ様相を呈していた。