気管支の命名
区域気管支および亜区域気管支の表記は、1950年の日本気管支分岐命名委員会の命名(日本肺癌学会, 1987)に従い、B⁴、B⁵のように行う。区域気管支(a,b,c)は、上から下、外側から内側、あるいは後方から前方の順に命名する(山下・石川, 1954 a,b; Yamashita, 1978; 荒井・ 塩沢, 1992)。独立した区域気管支を欠く(たとえばB⁷)、他区域気管支の枝のみで支配される場合はBX⁷のように記載する。気管支分岐の全体像を図87に示す。
区域気管支の計測については高瀬(1959)が詳しい。それによれば、たとえば左上大区幹の外径は平均7.9 mm、左B¹⁺²は8.1 mm、左B³は5.4 mm、右B¹は5.3 mm、右B²は5.3 mm、右B³は6.5 mmである。さらに分岐間の距離についても計測している。
気管支樹は比較解剖学的に4系列(背側列、外側列、腹側列、内側列)の気管支枝列に整理される。背側列の第1枝が上葉へ、外側列の第1枝が中葉へ、その他が下葉に行く。ヒトの左肺上葉枝は外側列の第1枝なので、左肺上葉は本来は中葉である。吉川(1980, 1981 a, b),Yoshikawa (1981)は、左B¹⁺²およびB³をB⁴に、B⁴+B⁵をB⁵に改めれば、名称に矛盾はないとしているが、この提案は一般には受け入れられていない。
気管支ファイバースコープの普及に伴い、気管支ファイバースコープを用いた気管支分岐変異の研究も1980年代前半に盛んに行われた。上記した解剖や気管支造影による検索と異なり、気管支ファイバースコープでは分岐順位と分枝の方向だけに基づいて各気管支を命名しなければならない。さらに、分岐変異に対してBXという形を用いて命名をいわば保留することは診断上好ましくないので、気管支ファイバースコープによる検索では、なるべく亜区域a、b、cのどれかに当てはめる傾向がある。このため、気管支ファイバースコープによる変異頻度は、解剖や気管支造影による変異頻度と大きく異なることがある。例えば、右B¹⁺³,B²型は、気管支ファイバースコープでは6%(雨宮ら, 1980)だが、Yamashita (1978)および荒井・塩沢(1992)ではいずれも24%を占める。一方で、気管支内腔の粘膜ヒダや分岐角度、分岐における気管支の配列状態等については、解剖や気管支造影による研究よりも詳細な情報が得られている。例えば、右主気管支からB¹⁰に続く粘膜ヒダは恒常的に認められるという(呉屋, 1983)。また中葉枝のB⁴,B⁵への分岐様式は、気管支の配列状態を重視して、左右二分岐型、傾斜二分岐型、上下二分岐型、同大三分岐型の4型に分類している(飯村, 1981)。上述の右B¹⁺³,B²型では、各枝が100%で鈍角をなして分岐する。亜区域a, b, cの命名法についても、気管支ファイバースコープ観察に便利な基準が提案されている。例えば、左B⁶と左B¹⁰はB⁶aとB¹⁰aから時計回り、左B⁸と左B⁹はB⁸aとB⁹aから外側一後方一縦隔側一内方、同様に右B⁶aと右B¹⁰aから反時計回り、右B⁸aと右B⁹aから外側一前方一縦隔側一後方の順に亜区域a, b, cと命名する(呉屋, 1983)。気管支ファイバースコープは今や肺癌診断にルーチンに用いられており、気管支ファイバースコープにおける約束事項を単に一手技上の便宜と見るべきではないと考える。
気管支娘枝(daughter bronchus)という用語がある。肺門に近い肺実質に分布する気管支は、通常の分岐形態(分岐次数)では十分に細くなり得ない。そこで、3次(亜区域気管支)ないし4次分枝の比較的太い気管支から直角に枝別れする直径2mm程度の気管支が存在する。これを娘気管支と呼び、親気管支径を1とすれば娘気管支は平均0.55の内径しかない。具体的には、気管の右側と背側にはB¹aiiβ(5次分枝)の娘枝が、右上葉枝の背側にはB²a(3次分枝)の娘枝が、中間気管支幹の背側にはB⁶aの娘枝が分布する(伊藤, 1988)。
図87 肺内の気管支分岐
右上葉はB¹a, b/B²a, b/B³a, bから成り立っています。中葉では、B⁴a, bとB⁵a, bが分布します。右下葉には、B⁶a, b, c/B*/B⁷a, b/B⁸a, b/B⁹a, b/B¹⁰a, b, cの各区域と亜区域枝が存在します。これに対して、左上葉にはB¹⁺²:a, b, cがあり、B¹⁺²bは右のB²と同様に後方へ向いています。左上葉舌区にはB⁴a, bとB⁵a, bが分布します。また、左肺では通常B⁷が欠けています。亜区域枝の表記(a, b, c)は、上から下へ、外側から内側へ、または後ろから前への順に命名されます。
気管支分岐異常
気管支分岐異常の範囲は広く、1950-1959年の集計では161例、1983年までに364例以上の報告があり、その後も症例報告が続いています。検査手段により頻度は異なりますが、0.5%前後の報告が多く、最大で5.0%程度(左B⁷および副心臓枝を含む)であったとされています。男女差は明らかではありません。分岐異常の大半は過剰気管支と転位気管支(特定の区域気管支が異常部位から生じる)に分類されます。気管から生じる気管支を気管気管支と呼びます。右肺が80-90%を占め、その大部分は右上葉気管支の一部が転位しています。
気管支分岐異常の報告の中でも、例数が71例とまとまっている太田ら(1986)の所見を引用します。出現頻度は0.64%で、右上葉気管支の異常が75.3%、転位気管支は過剰気管支の7.2倍の頻度でした。過剰気管支の90%は心臓枝で、残りはB¹の過剰でした。転位気管支の中で転位葉気管支13例はすべて上葉気管支で、気管から分岐する気管気管支が6例、残りは主気管支由来で通常より明らかに近位または遠位から分岐していました。
気管支分岐異常は、大なり小なり血管の分岐異常を伴うと考えられますが、その報告は少ないです(沖津ら、1986)。私たちの研究(100体)によれば、右B¹⁺², B³型では上葉に占めるA¹の灌流域が広かったです。
肺区域の位置変異
肺区域は気管支分岐によって定義されます。したがって、区域気管支の変異に伴い、肺区域の位置も変異します。左肺上葉を例にします(山下・石川、1954 a,b ; Yamashita, 1978 ; 荒井・塩沢, 1992)。