(1)脊髄枝(図62)

脊髄は成人で40〜45 cmの長さを持ち、多数の体節性血管が分布しています。体節性の動脈には31対、計62本の脊髄枝があります。大動脈弓の流域では椎骨動脈、上行頚動脈、最上肋間動脈から、胸大動脈の流域では肋間動脈、肋下動脈から背枝を通じて、腹大動脈の流域では腰動脈から、内腸骨動脈の流域では腸腰動脈から腰枝を通じて、外側仙骨動脈からそれぞれ脊髄枝を分岐しています。

これらの脊髄枝は脊髄硬膜を貫くと、前根動脈と後根動脈に分かれます。根動脈の約2/3は前根、後根、脊髄神経節に分布して終わりますが、残りの約1/3は脊髄の表面に達します。特に太いものを大前根動脈(Adamkiewiczの動脈)、大後根動脈と呼びます。

後藤・白石(1988)は、この概念が漠然としており、特に血管径が検討されていなかったため、臨床的にも重要な問題と考え、解剖体100体で調査しました。大前根動脈は100例中97例で1本あり、2例には見られませんでした。1例には2本の大前根動脈がありました。左右の差を調べると、95例中73例は左に大前根動脈があり、22例は右にありました。

大前根動脈の髄節の高さは93例中、Th9に28例、Th10に23例、Th12に11例、Th8に11例、Th11に6例、L1に5例で、84例がTh9〜L1の間にありました。大前根動脈は最も頻度が高いレベルがTh9で、これは欧州人のデータのTh10よりも1髄節高いです。このことは日本人に共通していると考えられます(宮地、1932;萬年、1967;後藤・白石, 1988)。大前根動脈の血管径は外径で0.51〜1.37mm(平均0.93 mm)でした(後藤・白石, 1988)。

Kadyi (1886)は、大前根動脈は脊髄に達する前根動脈の最下位のものだと述べています。しかし、後藤・白石(1988)の観察では、96例中6例は大前根動脈よりも下位に脊髄に達する前根動脈がありました。大前根動脈とその親動脈である肋間動脈との太さの相関については、Koshino et al. (1999)の報告があります。

大後根動脈は100例中8例で認められ、左右各4例で、すべて1本のみでした。8例のうち5例はTh11レベルでした。これはJellinger(1966)の100例の髄節別分布で最も頻度が高いL1よりもやや高位です。大後根動脈の血管径は、外径で0.46 mmが1例で、その他はすべて0.20 mm以下でした(後藤・白石,1988)。

なお、脊髄血管の総説については萬年(1967)の報告があります。

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図62 脊髄表面の動脈(児玉・小川, 1950改変)

図62 脊髄表面の動脈

AB: 脳底動脈、ARA: 前根動脈、ARAM: 大前根動脈、ARP: 後根動脈、ARPM: 大後根動脈、ASA: 前脊髄動脈、ASP: 後脊髄動脈、AV: 椎骨動脈、C: 頚神経、CO: 尾骨神経、L: 腰神経、NGP: 舌咽神経、NHG: 舌下神経、NV: 迷走神経、S: 仙骨神経、Th: 胸神経

(2)脊髄表面の血管(図63)

脊髄に分布する動静脈は脊髄表面の形態に特徴があります。前根動脈と後根動脈は上下の髄節が連絡して、3箇所で縦吻合を形成します。前正中裂に沿って脊髄前面を走る前脊髄動脈と、後根が脊髄に入る後外側溝近くを走る左右1対の後脊髄動脈がその縦吻合です(後藤、1989 c; 後藤ら、1993)。前脊髄動脈の上端は延髄前面で椎骨動脈から分岐し、下行途中で左右が合わさって1本となり、脊髄前面の前脊髄動脈と吻合しています。後脊髄動脈は延髄後面で椎骨動脈から左右1対が分岐し、下行して脊髄後面の後脊髄動脈と吻合しています。Jellinger(1966)によれば、前脊髄動脈の直径は頚髄で500μm、胸髄で340μm、腰髄では1,000μm以上もあります。後脊髄動脈は頚髄で150-260μm、胸髄で50-130μm、腰髄では100-200μmです。上記の3箇所の縦吻合間にはところどころに横吻合が形成されます。これを冠状動脈または血管冠と呼びます(後藤、1989 c; 後藤ら、1993)。

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図63 脊髄表面の動脈吻合(後藤, 1989c: 後藤ら,1993)

図63 脊髄表面の動脈吻合