口腔は粘膜で被われた裂隙の形をしているが、広がることのできる空所である。主として水平方向の広がりをもっており、前方は口裂Rima orisをもって外界と通じ、後方は咽峡Isthmus faucium, Schlundengeを通って咽頭腔Cavum pharyngis, Schlundhöhleとつながっている。そして上下両顎の歯槽突起および上下の両歯列によって、この空所は2部、すなわち口腔前庭Vestibulum oris, Vorhofと狭義の口腔Cavum oris, im engeren Sinneとに分かれている。
口腔前庭(図082(頭部顔面の矢状断(上方3個の頚椎を含む))、図084(顔面頭蓋、咽頭、喉頭の正中面やや外側での矢状断))は上下の方向に伸びていて、弓状にまたがった隙間である。外方は上下の口唇と左右の頬により、内方は上下両顎の歯槽突起および歯列によって境されている。この前庭に開口する腺は、左右それぞれ頬唾液乳頭に開く耳下腺のほかに口唇腺、頬腺、臼後腺である。
上下の歯列を咬み合わせたときでも、前庭は歯の間にある狭い隙間interdentale Spaltenおよび最後の大臼歯と翼突下顎皺襞との間にある左右各側のかなり広い場所retrodentaler Gangによって狭義の口腔とつながっている。
口を開いた状態では、前庭を後方から境するものとして上述の翼突下顎ヒダPlica pterygomandibularisが上下の方向に張っている。また上下の口唇を歯列から引き離すと、正中線のところに既述の上および下唇小帯がみられる(図080(口腔の諸壁と口峡))。
顎骨の上にある粘膜は、骨の縁を被っている範囲で骨膜と密に融合していて、骨膜とともに固い組織をなしている。この固い組織は歯肉Gingiva, Zahnfleischとよばれ、その一部は歯頚を被うものとなっている。
狭義の口腔Cavum orisは、前方は上下顎の歯槽突起と歯列により、上方は硬および軟口蓋Palatum durum et molle, harter und weicher Gaumenにより、下方は舌および舌と下顎骨の内面との間に張る口腔粘膜の部によって境されている。最後に述べた口腔粘膜の部分は、その下敷きとして各側にまず長く伸びた舌下腺Glandula sublingualisがあり、次いでオトガイ舌骨筋と顎舌骨筋とがある。舌下腺の上方で粘膜は舌の根もとを囲むような形のひだをなして突出している。これが舌下ヒダPlica sublingualisといい、その前端のところが左右それぞれ1つの乳頭状の高まりをもって終わっている。ここを舌下唾液乳頭Papilla salivaria sublingualisといい、ここに開口する最も主なものは顎下腺Glandula submandibularisである(唾液腺の項を参照のこと)。前方かつ正中に当たって口腔の底から舌の下面に達する上下の方向に伸びた粘膜のひだが1つあって、舌小帯Frenulum linguae, Zungenbändchenとよばれる(図078(舌尖を上方に挙げ、舌下面と口腔底を観察))。